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はじめに—痙縮とはなにか
Spasticityの語源はギリシャ語の引っ張るという意味のSpasticusだそうである.関節が常に筋肉に引っ張られているような病態をそう呼んだのであろうか.Spasticityの日本語訳は痙縮あるいは痙性であるが,痙性麻痺としてなじみ深い後者が診療現場では使われることが多い.リハビリテーション医療では大変よく用いられるこの用語であるが,いまだにその定義や認識に統一がなく,あいまいなまま使用されているのが現状であろう.患者さんも,「あっ今痙縮が入りました」,「今日は痙縮が出ません」などと表現することがあり,初期のリハビリテーション医療を受けた医療者の表現の影響がうかがえる.
わが国には『固縮と痙縮—その基礎と臨床』という古典的名著1)がある.本書は1975年の発行であるが,「固縮と痙縮は全盛期以来の問題であるが,これらの定義はまだ確立していないので,使う人によって内容にある程度の相違がみられる.」,「安静時の四肢は原則的に弛緩状態にあって,自発性の筋電図は認められない.ところが他動的に筋を伸展させようとすると抵抗を感じ,いわゆる伸張反射stretch reflex陽性となり,さらにその場合伸展速度を増すとそれに伴って抵抗が強まる.腱反射は伸展反射の一種でありその亢進は痙縮の主症状の一つとみなされている.その他,Clonus,Babinski反射,折りたたみナイフ現象なども痙縮の随伴現象とされている.」と記されており,痙縮の認識については現在とほとんど相違のない印象を受ける.
痙縮の定義としてわが国でよく取り上げられているのはLance2)の定義である.すなわち,痙縮とは腱反射亢進を伴った緊張性伸張反射の速度依存性増加を特徴とする運動障害で,伸張反射の亢進の結果生じる上位運動ニューロン症候群の一徴候であり,上位運動ニューロン障害患者に対して,四肢を他動的に屈曲あるいは伸展した際にみられる,筋の伸張に対する抵抗の増強である.同じ文献で上位運動ニューロン障害(upper motor neuron lesions)については,① 伸張反射の過興奮,② 下肢における屈曲反射の亢進,③ 運動麻痺と巧緻運動の障害からなり,① の徴候としては,筋緊張の亢進,速度依存的緊張性伸張反射の亢進すなわち痙縮,深部腱反射の亢進,相動性伸張反射の放散,クローヌス,② の徴候として,折りたたみナイフ現象,屈筋スパズム,バビンスキー反射,③ の徴候として,上肢における伸筋と外転筋群の麻痺,下肢における屈筋群の麻痺,巧緻運動の障害を挙げている.
一般の医学用語としてはどのように定義されてかというと,STEADMANの医学辞書改訂第6版には,痙性・痙縮として,安静時の筋緊張亢進の一型.受動的伸展に対する抵抗があり,速度依存性で屈筋と伸筋で異なる(すなわち肘では屈筋に強く,膝では伸筋に強い).深部腱反射の亢進とクローヌスもみられる.関連したclasp-knife spasticity(折りたたみナイフ(様)痙攣)の項には,錐体路病変による筋緊張亢進の一型で,筋の受動的進展に対する異常に亢進した抵抗が突然減少する.典型的には,これは関節運動の最後近くで出現するとあり,clasp-knife spasticity=clasp knife rigidityとしているのに対し,医学書院の医学大辞典第2版には,上位運動ニューロン徴候としての筋伸張反射の興奮性の結果,腱反射亢進を伴った,強直性伸張反射(筋緊張)の速度依存性亢進を特徴とする運動障害.脊髄より上位調整の消失は運動ニューロンの過剰活動や正常の相反性神経支配の欠如を引き起こし,自動的にまたは刺激に反応して同時に主動筋と拮抗筋の発火を起こす.伸張反射の亢進には,① α運動細胞の興奮性の増大,②Ⅰa線維終末におけるシナプス前抑制の減少,③ シナプス伝達効率の増加,などが関係する,とあり,後者では,より神経生理学的な内容を重視していることがわかる.
臨床医学では,Harrisonの内科学書17版(2008)に,麻痺を生じる中枢神経系の異常では,通常痙縮つまり,上位運動ニューロン疾患に伴う筋緊張の亢進を生じる.痙縮は,速度依存性に生じる最大筋緊張直後の筋の弛緩であり(折りたたみナイフ現象),抗重力筋への影響が大きい(上肢では屈筋群,下肢では伸筋群).筋緊張亢進を生じる他の2つの徴候,すなわち固縮とパラトニアとは明らかに異なるとあり,基礎医学においては,GRAY's Anatomy 39版(2005)に,痙縮の直接の定義は書かれていないが,上位運動ニューロン障害は運動麻痺を引き起こす.その原因は,上位中枢コントロールの消失,深部腱反射の亢進,筋萎縮を伴わない筋緊張の亢進,足底反射(バビンスキー反射)陽性である.運動麻痺と腱反射亢進と筋緊張亢進の組合せを痙縮と呼ぶと記されている.
このように著名な医学書でさえ,統一された定義が示されていないのであるから,痙縮がいかに複雑な用語・現象であるかが納得できる.
リハビリテーション医学では本特集に取り上げられたように,痙縮を歩行や移動の制限要因と捉える立場から,より臨床的で機能評価や治療の選択に結びつく統一した定義が必要であり,筆者は米国で,神経学的リハビリテーションを専門とするリハビリテーション科医を中心に執筆されたThe Practical Management of Spasticity in Children and Adultsにある定義3)を推奨したい.すなわち,痙縮とは筋の伸張に反応して生じる不随意の反射活動の持続的な亢進を伴う症候群であって,4つの現象の多様な集合体として観察される.4つの現象とは,筋緊張亢進,深部腱反射の亢進,クローヌス,刺激筋以外への反射の拡散である.さらに,Delisa's Physical Medicine & Rehabilitation第5版の多発性硬化症の章に記された4),痙縮を脊髄由来と脳由来に,痙縮の評価を静的評価と動的評価に,痙縮の出現様式を局所性と広範性に分けて整理する考え方は臨床的有用性が高いと思われる.
本章では,痙縮を,速度依存的な筋の伸張反射の亢進という神経生理学的,いわば狭義の定義ではなく,上位運動ニューロン症候群として広義の定義を採用していることをお断りしておく.
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