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はじめに
われわれは老年痴呆の90%を占める老化・廃用型痴呆に対して,約10年前から脳活性化訓練(以下,脳リハビリと略)を実施し,顕著な効果を上げてきている.その成功の要点は,痴呆の早期診断を可能にしたこと,脳リハビリはすべて軽度・中度痴呆レベルまでのものに行ったこと,地域の保健所や保健婦と連携して地域全体の痴呆予防・治療活動の一環として実施してきたこと,にあるだろう.殊に脳リハビリでは,脳機能の経過を客観的な測定指数で観察することが重要で,主観的印象的評価のみで行うことは無理であろう.
老年痴呆も他の諸々の疾患と同様に,その大部分が生活習慣病であることが,われわれの精密検査を駆使した早期老年痴呆の研究で次第に明らかになってきた.すなわち,痴呆になり易いかどうかは,その人のライフ・スタイルに密接に関係していて,殊に生き甲斐・趣味を持ち,良い交友関係があって,定期的に肉体運動もしている理想的生活から離れるほど,脳の衰え,機能低下が進むことが判明してきた.もちろん,その背後には,脳と肉体の老化が存在しているので,本来の老化を早める生活環境因子といろいろな病的因子が痴呆の進行,予後を決定するとも言い換えることができるだろう1).その意味で,われわれはこの種の痴呆を老化・廃用型痴呆(または本態性痴呆)と呼ぶことを提唱してきたが,従来,その大部分はアルツハイマー型痴呆というものに含められてきたと思われる.
この感性に乏しい生活は高齢になってから起こるものでは決してなく,20歳代からずっと同じ傾向の生活を続けてきていることが分かる.その原因は,成長期の4~14歳の時代における右脳開発不全,つまり,家庭および学校での右脳教育の失敗の結果だと考えられる.もっと具体的に言えば,母親が感性に乏しい場合,その母親の育てた子供は一般に感性に乏しい人間に育ち易いという事実が見えてくる.家庭教育での父親の影響は一般に母親よりはるかに小さいのが現実だからだ.
また,わが国のこれまでの学校教育は左脳教育に偏重しすぎていて,右脳の教育は実際上ほとんどなされてこなかったことも,このことの大きな要素になっていると思われる.すなわち,言葉,計算,理屈,知識などの知的教育に偏りすぎたために,レベルの高いと目される大学を卒業し,成績も悪くはなかったのに,音楽・絵画の美しさも分からず,詩歌,ゲーム,スポーツにも熱中できない仕事人間ができあがった結果だと言えるだろう.定年後数年でボケ始めるわが国の痴呆の実態は,欧米とはかなりかけはなれているようである.
われわれは過去12,3年間に,一方で20,000人に及ぶ一般高齢者について,その生活実態と脳機能の老化衰退の過程を観察し,また,他方で,16,000人に上る痴呆外来患者を細かに観察し,脳リハビリを主体とした治療の効果を追跡してきた.
その結果分かったことは,この右脳開発不全症候群を高齢になってから根本的に治す方法は存在しないが,右脳刺激訓練によって自立生活が継続できる程度には改善させることは可能であり,それを5~6年持続させることも可能であることであった.
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