Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
モームの生涯受容(第1報)―『作家の手帖』と『要約すると』
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.1109
発行日 1996年11月10日
Published Date 1996/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108247
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平成8年3月号の本欄で,沖田一彦氏は,筆者が本欄で『人間の絆』の主人公フィリップの障害受容を論じたことに関連して,作中人物の障害受容とモーム自身の障害受容はわけて考える必要があるのではないか,また,モームは自らの吃音を必ずしも受容していなかったのではないか,という見解を発表された.誠にごもっともな意見で,前者はその通りだし,後者に関しても結論的には沖田氏の見解に賛成である.
ただ,沖田氏がモームが自らの障害を受容していなかったことの根拠として,『作家の手帖』(以下,引用は新潮社版『モーム全集』)のなかの「もし私が吃らなかったら,もし私がもう四五吋背が高かったら,私の霊魂は全くちがっていたに相違いない」という文章を挙げて,モームの実人生が淋しく孤独なものであったという指摘をしていることについては,若干の補足が必要なように思われる.というのも,『作家の手帖』のこの文章の前後には,「私は生来与えられた素質を最大に利用した.私は他の更に偉大な素質を羨まない.私は十分に成功したのだ」とか「大体において私の人生はかなりよいもので,おそらく一般の人々よりもよかったろう」という一節があるからである.すなわち,当時70歳だったモームは,自らの吃音や肉体的条件を受容するまでには至らなかったものの(あるいは,一般に肉体的条件が人格に影響することを認めながらも),それでも自分の人生は十分成功だったと語っているのである.
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