Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
『人間の絆』の虚構性―モーム自身の障害受容
沖田 一彦
1
1広島県立保健福祉短期大学理学療法学科
pp.278
発行日 1996年3月10日
Published Date 1996/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108067
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サマセット・モーム(William Somerset Maugham,1874-1965)は,人間の本質を,人生のさまざまな側面を取り上げて浮き彫りにしようとしたイギリスの小説家である.その多彩な作品のうちでも最大の傑作は,『人間の絆』(Of Human Bondage,1915)1)であろう.本欄(23巻11,12号)で高橋氏が解説されているように,そこには,障害の受容と人間の成長との関わりが,長大なスケールで見事なまでに描き出されている.主人公であるフィリップはモームその人であり,作者が長く苦しんだ吃音が内反足に置き換えられているほかは,ほほ忠実に本人の半生が描写されている.モーム自身が,この作品を「自伝的」小説と呼ぶ所以である.では,なぜ「自伝」ではなく「自伝的」なのか?
モームの人生観は,彼の随筆集『ある作家の手帳』(A Writer's Notebook,1949)2)によく表れている.それによると,『人間の絆』を書く前の彼の障害観には極端なものがあったことが分かる.彼は,「人類改良の手段は自然淘汰しかない.それには不適応者を排除するしかない.障害者やアルコール中毒者を保護することは退化をもたらすだけである」と言いきる.そこには,自らが味わった辛酸に対する反動ともいうべき自虐性がある.また,作品のキーワードになっている無神論や人生無意味論も作者のものである.
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