連載 ほんとの出会い・27
女として作家として
岡田 真紀
pp.499
発行日 2008年6月15日
Published Date 2008/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688101098
- 販売していません
- 文献概要
平林英子さんという作家がいらした。ご主人はやはり小説家で佐藤春夫の高弟,日本浪漫派の中谷孝雄さんである。今はお二人とも鬼籍に入られているが,父の敬愛する先輩ご夫妻だったので,父も母もお宅に親しく出入りさせていただいていた。父の没後も平林さんは折にふれ私の実家を訪ねては,父の思い出を静かにお話ししてくださった。
私が20代だったある日,私たち姉妹は母をからかうように,「おばあちゃんもお母さんも40代で未亡人になった。同じような苦労をしたはずなのに,おばあちゃんは今でも上品,お母さんはいつもがさがさと過ごしている」と言った。すると平林さんは,「おばあさまにはおじいさまがお金の心配をしなくてすむだけのものを残され,お父さんはお母さんに何も残さなかったからよ」とさらりとおっしゃった。優しげな平林さんの眼差しは鋭く物事の奥深くまで見抜いていた。作家の見方は違う,と表面だけを比べて軽々しく批判めいた言葉を口にした自分を恥じなければならなかった。
Copyright © 2008, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.