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はじめに
日常生活動作(activities of daily living:ADL)は,従来「生命」の視点が支配的だった医学の世界に初めて「生活」の視点をもち込んだという点で医学の視野を一挙に拡大するものであった.これが1945年にDeaverら1)によって概念として確立され,それが戦後のリハビリテーション医学の独立の時期と符合したのは決して偶然ではない.ADLこそがリハビリテーション医学をしてリハビリテーション医学たらしめたと言っても過言ではない.
このようにリハビリテーション医学の中核部分をなすものとして出発したADLは障害の重度化に対応して技法の一層の発展をみせる.その好例は高位頸髄損傷患者のADLを追究したFordら2)の業績である.
しかし1970年代半ばに入って,思わぬ方向からADLに根源的な批判が加えられた.それは自立生活(independent living;IL)運動からの思想的な批判であり,障害者自身にとって,ADLの自立が必ずしも常にそのまま善なのではなく,ADL上は介助を受けていても高度な職業的・社会的役割を果たすこともありうるという主張を含んでいた3).これを受けてリハビリテーション医学の専門家たちが到達したのがQOL(quality of life;人生の質)重視の思想に他ならない.そのような転換の軌跡はアメリカリハビリテーション医学会第56回大会(1979)をはさんでの同学会機関誌Archives of Physical Medicine and Rehabilitation(APMR)のIL特集(60巻10号,1979)とQOL特集(63巻2号,1982)の2つの特集にあざやかに見てとることができる.このQOL重視の思想によって,医学の世界に「人生」の視点が導入され,その視野は一層拡大したのだということができる.
しかしQOLを重視するということはADLを軽視してよいということではない.むしろQOL向上に直結するADL向上のプログラムが要請されるようになったということであり,「QOL向上のためのADL」という視点に立ったADLの見方・働きかけ方の一層の深まりが要求されているのである.その内容は,①ADLの概念の拡大,すなわち従来の身辺処理に限られたADLでなく,いわゆる拡大ADL(extended ADL;EADL)および社会生活技能(social skills;SS)まで含むものに範囲を拡大すること,②目標指向的アプローチ4)に立った,「するADL」に向けて「できるADL」と「しているADL」の両者を高めていくADL(広義)訓練プログラムの確立5)の2つに集約することができよう.
前置きが長くなったが,本論文の主題である高次脳機能障害とADLを考える場合にも,以上のようなADLに対する新しい見方に立つことが不可欠である.まずADLの側から見れば,従来ADLといえば一連の身体動作といった面だけが注目されやすく,目的をもった行為として「企図→プランニング→プログラミング→遂行→フィードバック」という高次脳機能と不可分のものとして捉える点で不十分だったように思われる.高次脳機能障害がある場合にADL自立が困難なこと自体は以前からよく知られていたが,それであきらめるのでなく,もっと掘り下げて,そのような例にも有効なADLプログラムを開発していくことが要請されているのである.
一方,高次脳機能障害の側から見れば,これまで障害学・評価法・治療技術のどの面をとっても機能障害(impairment)レベルに関心が集中しており,能力障害(disability)レベルの問題であるADLに対しても,社会的不利(handicap)レベルの問題である「社会レベルのQOL」6)に対しても,一部の例外を除いて取り組みはきわめて不十分であった.これはリハビリテーション医学における高次脳機能障害研究・治療の姿勢としては著しく遅れており偏っているという他はない.高次脳機能障害の障害学としての(能力障害レベルの)ADL障害,(社会的不利レベルの)QOL障害の実証的研究がまず必要であり,それを踏まえてそれらの評価と治療の技法が探求されなければならないのである.幸いそのような研究の萌芽は既にあちこちで見られるので,以下それを紹介していきたい.なお高次脳機能障害には当然失語症・発語失行症などの言語・発語の問題が含まれ,それと対応してADL,EADLには実用的コミュニケーション能力が含まれるが,それについては綿森ら7~10)にゆずり,失行・失認を中心に述べることとしたい.
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