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はじめに
近年,わが国は世界有数の長寿国となり,高齢者対策が社会的問題になっている.しかし,それらの問題は,長命になった日本人の生物学的ライフ・サイクルと社会的ライフ・サイクルとの間の微妙な狂いが生じている点にあり,今日の老人の悲劇はここに要約されるともいえるのではないだろうか.
過去に較べて,現代の日本人は成長も老化もゆるやかになり,熟年期間も持続されるようになり,その人生はなだらかな丘陵に似てきているのである.つまり,明治時代と較べて現代の50歳は知力,体力,気力のすべてにおいて若くなっている.この活力を産業革命ともいうべき生産構造の変革を根底とすべき社会体制のなかでどう生かすかということが問題なのである.人々の英智が新しい社会的ライフ・サイクルを完成し,老人や障害者問題などの社会福祉問題を解決する糸口にしたいと考えている.
かつてない速さで到来する高齢者社会に臨床医学も対応しなければならないのは当然である.そのような意味で今回のテーマは時宜に適したものといえよう.けれども,それに答えるのは難しいことである.それは老人痴呆の定義とその範囲をどこにとどめるかということにつきるものといえよう.
昭和45年以降,脳卒中の発病率は下降線をたどっているが救命率がそれ以上に上昇しているために,有病率は老齢人口比に比例して増加の傾向を示している.
脳卒中の有病率は年々増加の傾向にある.初発年齢も高齢化の傾向にある.発作後の平均余命も長くなってきている.つまり,脳卒中のリハビリテーションの対象者は漸次高齢化し,長期間のケアーが必要になってきている1).
高齢者が痴呆様症状を示したからといってもその成因は種々様々である.脳実質の退行変性による老年痴呆,Alzheimer病や脳血管障害による多発梗塞性痴呆や脳動脈硬化性痴呆などがある.また,老年期うつ病,老人ぼけ,軽度の意識障害なども類似した症状を示す.しかも,痴呆が軽いときには症状が改善されることがあるが,多くは進行性であり非可逆性である.さらに,心理的要因や環境因子などもこれに複雑に関与してくるのである.
リハビリテーション医療の役割は,損われた機能を回復させようとするだけではなく,残存能力を強化・開発して失われた能力を代償したり,道具や生活環境を整備することで社会生活における不自由を克服させようとするものであり,さらに,その治療過程において,障害者が自らの障害を受容し,新しい価値を創造して,全人間としての生活を再生させようとするものである.
したがって,回復不能な老人痴呆患者が脳卒中で倒れたとしても,はたして,リハビリテーション医療にどれ程のことができるというのであろうか.たしかに,痴呆症状を呈する患者の治療に従事することは少なくない.しかし,その治療目標はけっして高いものではない.むしろ,私は,脳卒中患者に対するリハビリテーション医療において最大の阻害因となるものが,身体的機能の重症度よりも知能の低下~痴呆化を中心とする精神的機能障害の影響の方が大きいと考えている.
そこで本稿では,老人にみられる痴呆と痴呆症状を呈するものについて紹介するとともに,脳卒中後にみられる精神的機能障害,卒中後痴呆について私見を述べ,さらに,若干の症例について言及することにしたい.
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