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はじめに
近年に至るまで,痴呆は非回復性という観点でとらえられ,その治療とケアについては積極的な対策がとられることはなかった.しかし,人口の高齢化の進行と共に,先進諸国で痴呆老人の問題が注目されるようになり,主として1970年代以降,より積極的なアプローチがとられるようになってきた.正常圧水頭症に対するshunt手術,薬物療法5)などによる改善例の報告は,治療可能な痴呆の存在を確認すると共に,厳密な鑑別診断の必要性と行動的アプローチの開発に対するはずみともなった3,4).
しかしながら,痴呆患者の70%以上は依然として医学的には治療不能であるといわれ3),このような患者に対するケアの研究の重要性は言を俟たない.
痴呆老人に対するケア,行動的アプローチの方法として近年注目されて来ているものにReality Orientation(以下R.O. と略す)2,4)がある.R.O. の基本は,患者に適切な情報・刺激を常に与えることにより,患者の混乱と一層の退行を防ごうとすることであり,患者と接触する人々のコミュニケーションの仕方が重視される.
R.O. には,周囲の人々が適切なコミュニケーションの仕方で常時患者に接することを重視する「24時間R.O. 」といわれる方法の他,時間を限って治療士が強力な働きかけをする「集中的R.O. 」がある.
集中的R.O. は,小グループの患者に対し,30分~1時間単位で,日時や天気,名前などの情報を繰り返し提示したり,有意味な刺激材料(「パブ」や喫茶室の雰囲気を出すように整えられた部屋,花,絵,飲食物,日常物品,地図,等々)を用いて言語活動を引き出し,患者間の人間関係を活発化しようとするものである.
これらのアプローチの効果に関する研究は未だ十分とは言い難いが,いくつかの興味ある研究も行われている.Brookら1)は,刺激の沢山ある,魅力的な部屋を用意し,実験群の痴呆患者(主として老年痴呆と脳血管性痴呆9名)に対しては,治療士が室内の品物を用いて様様な活動(挨拶,名前を言う,日記を書くなど)を積極的に行わせ,励ましたが,コントロール群(患者の構成,人数は実験群と同じ)の患者に対しては,同一時間部屋に滞在させるだけで,積極的な働きかけは全く行わなかった.
患者の振り分けを知らされていない看護スタッフに,病棟での患者の行動を評価票を用いて評定させたところ,最初のうちは両群とも知的・社会的機能に改善が見られたが,一定期間を過ぎると改善は実験群のみに限られ,コントロール群の得た改善は消失したという.この結果は単に刺激のある環境を用意するだけでは十分でなく,継続的な,積極的な働きかけが重要であることを示したものと言える.
痴呆患者に対する行動的アプローチは主として病院または施設収容患者に対するグループ活動という形で行われてきている.痴呆患者が在宅管理されることの多いわが国の場合,家族による症状の理解(基本症状と反応性の症状,障害されている機能と保持されている機能の把握),適切な対応の仕方(適切な環境の維持と有意味な刺激を与えること)の指導が重要である.
われわれはこのような観点から,5年余にわたり外来指導を継続して来た初老期痴呆の1症例につき報告する.
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