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日曜の夜,風呂上がりに寝転んでテレビを見ていた.女性タレントが何か話すたびエヘっと笑いペロっと舌を出す.一度ならず何度も何度も.「この舌を出す癖,鬱陶しいなあー」そうつぶやくと,後ろのソファーでギターをつま弾いていた高校生の息子の指が止まった「おやじもよくやるよ,それ」.「ん?」と思わず体を起こして振り返った.すると洗い物を終えた妻が参戦した「学生時代から変わらないよね,その癖」.風呂上がりの小学生の娘がぬれた髪をバスタオルで拭きながらとどめを刺す「パパはふざけた時によくペロっと舌を出しまーす!」.そんなことはしないと否定する僕を,家族三人が揃って否定する.そのあとは,まるでノーガードで打たれ続けるボクサーのようだった.「おやじのギャグ,つまらないし」,「酔って帰ってくると何度も同じことを言うし,イビキがすごいし」,「パパのあとトイレに入ると,すーごく臭いし」口々に言いたいことを言うと,息子は何事もなかったかのようにまたギターを弾きだした.妻と娘は「ねー」とお互い首をかしげ合ったあと,洗面台で娘の髪を乾かし始めた.ギターの音とドライヤーのノイズに包まれた僕はダウン寸前.救いを求めてテレビ画面に目を向けると,アップになった件のタレントがまたエヘっと笑いペロっと舌を出した.
僕だけではない.世の中の多くの人は,自分自身が思う自分と他人から見た自分に大きな違いはないと考えている.しかしそれは大きな間違いのようだ.アンドロイド研究で有名な大阪大学の石黒浩教授は,外見だけでなく仕草や癖まで自分にそっくりなアンドロイドを作製して初めて「自分が認識している自分と,他人が認識している自分は,ものすごく差がある」ことに気づいたという.問題はまさにそこにある.
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