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はじめに
運動学習(motor learning)は,訓練や経験によって生じる課題遂行能力の比較的長期的な変化である1).それは中枢神経系を含む運動制御機構で生じる課題遂行能力(capability)の変化であって,一時的な課題遂行状況(performance)の変化ではない.たとえば,患者に1週間の訓練を行って歩行の安定性が増しても,次の月曜日には再び不安定になったとする.この場合,週末に課題遂行状況は改善したとしても,長期的な変化ではないので運動学習とは呼ばない.課題遂行状況の変化は薬物,睡眠状況,動機づけなど,運動学習以外の種々の要因で生じる.両者を区別するために保持(retention)や移行(transfer)の状態が測定される1).保持は一定期間訓練を休止した後に,訓練で生じた課題遂行状況の変化がどの程度残っているかに関する概念であり,移行はある課題に関する訓練が別の課題の遂行状況にどの程度影響するかの概念である.保持や移行が生じれば運動学習による変化とみなすことができ,単なる課題遂行状況の変化とは区別される.
運動学習の定義に従えば,リハビリテーション医療の種々の場面で運動学習が用いられている.訓練による運動動作の改善は運動学習による保持効果であり,四脚杖の訓練からT字杖歩行が可能になるのは移行効果である.このように,リハビリテーション医療における訓練効果の多くは運動学習の結果によるものである.運動学習理論は人間の運動スキル獲得,ロボット,運動制御機構などに関する研究から発展してきた.運動学習理論をリハビリテーション医療へ応用することによって,患者の運動制御や課題遂行状況の修復がより効果的に行われると考えられている2).しかし,訓練の帰結として運動学習が成立しているが,運動学習理論に基づいた方法論が十分定着しているわけではない3).
運動学習に関する研究の多くは健常者を対象にしたものであり,障害者の運動学習について科学的根拠を示した研究は少ない3).そのため,障害者の運動スキル獲得過程がこれまでの研究とは異なる可能性,学習者の課題遂行能力に応じた訓練条件を検討することの重要性が強調されている3,4).このような問題点は今後のリハビリテーション医学の研究によって解決されることを期待して,本稿では運動学習のリハビリテーション医療への応用について,現時点での基本的枠組みに言及する.
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