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はじめに
リハビリテーション医学・医療は,活動障害(activity disorder)のある個人に介入し,その活動・行動を再建することで社会生活への復帰を援助する.その際,他の医療と際だって特徴的な方法論として,1 活動-機能-構造連関(activity-function-structure relationship),2 治療的学習(therapeutic learning),3 支援工学(assistive technology)の3つを用いる1).
このなかで,活動-機能-構造連関と治療的学習は,リハビリテーション医療の代表的治療手段である訓練・練習と呼ばれる介入法の基本原理である.ここで学習は,広義には活動-機能-構造連関の一部と言えないこともないが,課題特異性の高い行動変化という意味で別に扱いたい.つまり,理学療法,作業療法における訓練(training)や練習(exercise)を構成する要素の最大部分を占めるのが,運動学習である.
しかし,いくつかの理由で,リハビリテーション医学・医療における運動学習の位置づけはきわめて曖昧であり,関係者の理解は不十分と思われる.リハビリテーション医学の教科書を見渡しても,運動学習について解説したものは少ない.主だった教科書では,わずかにKruzen's Handbook of Physical Medicine&Rehabilitation(1990)において,Kottkeが「Therapeutic exercise to develop neuromuscular coordination」2)としてエングラム形成を中心に解説したものがあるのみである.他の多くの教科書における「therapeutic exercise」の章の主な内容は,筋力増強訓練,持久性訓練,関節可動域訓練についてであり,協調性訓練はいわゆる失調症に対する特異的な訓練法への言及にとどまる.そして,いわゆるスキル学習としては,歩行訓練やADL(activities of daily living)訓練について具体的内容を解説し,その根本原理についてはほとんど示されていない.歩行やADLなどの活動障害の改善は各療法の最大の目標であり,その達成は主に運動学習によるスキル獲得によってなされるのに,である.
筆者らは,その理由として,まず,理学療法や作業療法を含めたリハビリテーション医学・医療において「療法=治療」に力点を置くあまりに「学習」という概念が普及しなかった点に原因があると考えている.つまり,リハビリテーション関連の医療者の意識に,治療と学習の区別があり,医療者が行うのは治療であって学習ではないというような考えが内在しているようである3).リハビリテーション治療理論の多くが,麻痺や異常反射などに注目してその訓練法の枠組みを考察していることからも,病態生理に対する介入(治療)に主たる注意が払われていることがわかる.
麻痺した肢の運動が改善したり,障害された活動が改善したりする場合に使用される用語として,可塑性,回復,代償,再教育,再学習などがある.近年,麻痺肢そのものを改善させるconstraint-induced movement therapyなどの治療法が提案されるようになった.また,機能的画像検査法の進歩に伴い,use-dependent plasticityという「機能回復に関連した神経系再編の興味深い生理学的過程」が知られるようになってきた.これら神経系再編とその機能回復との関係は,今後,再生医療の進歩に伴い有望な治療法開発に結びつく可能性がある.しかし,現時点で片麻痺患者など麻痺が永続する症例の日常生活などの機能回復にこれらの過程が占める割合は決して大きくない.
また,学習を理解するのに最初に必要なことは,学習そのものを行動心理学(運動心理学)的に解析することである.脳の構造,脳の機能,ヒトの能力,ヒトの行動の間には数多くの「メカニズムの水準」が存在する.下方(基礎)の水準を知らなければ,上方の水準を理解できないというわけではない.科学は,分子を知る前に大きな物理的,科学的現象について多くを知っていたし,原子の理論が現れる前に分子科学について多くのことを知っていた4).一方,水準間の距離が開けば開くほど互いの因果関係は不明瞭となり一義的には決まらなくなるので,水準を飛躍して物事を眺めることはあまり賢い方法とは言えない.例えば,Calvinは,量子力学により意識を理解しようとする試みを「掃除人の夢:量子力学がある地下二階から,意識という最上階の部屋へ飛び上がろうとする試み」と呼んでいる.とりわけ,知りたい水準(この場合,運動学習という行動変化の水準)についての理解が足りない場合はなおさらである.
リハビリテーション医学において運動学習を理解するには,まず,行動の水準での理解(運動心理学:movement psychology)が必要となる.
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