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はじめに:脳性麻痺の理学療法診療ガイドラインの課題と展望
臨床医学における根拠に基づいた医療(evidence-based medicine:EBM)の潮流は,発達障害領域の理学療法診療においても「根拠に基づく理学療法(evidence-based physical therapy:EBPT)」へとパラダイムシフトを要請している.これまでの経験則に基づいた画一的な臨床思考を改め,質の高い研究論文やシステマティックレビューなどを加味した臨床思考と,プロフェッショナルとしての説明責任と成果の保証が必要である.
EBPTを実践するには,エビデンスを「作り伝える」「使い吟味する」取り組みが必要となるが,特に脳性麻痺(cerebral palsy:CP)などの領域はこれらの取り組みが遅れている.「作り伝える」ことでは,過去10年間のわが国のCP理学療法診療におけるリハビリテーション治療介入(整形外科的手術や髄腔内バクロフェン投与療法などの薬物療法は除く)に関するエビデンス研究は,メディカルオンライン(検索用語“脳性麻痺”の原著論文うち)で3件,PubMed(検索用語“cerebral palsy”“Japan”とし,article type「clinical trial」を選択)で1件のみヒットした.また,日本リハビリテーション医学会や日本理学療法士協会などのCP診療ガイドラインに取り上げられているエビデンス研究は,ほとんどが国外からの報告である.このことは,いかに日本発のCP理学療法診療のエビデンス研究が少ないかを示している.CP理学療法診療のエビデンス研究には,① 病態や障害像がきわめて多様であり,これに生育環境や成長・発達の要素などの多くの変数が加わること,② 各施設でさまざまな治療方法が実施されていること,③ 理学療法士の介入(ハンドリング)の定量化が困難であり,理学療法士の技能が対象児の機能・能力に影響する可能性があること,④ 標準化された評価尺度の使用がなされていないこと,⑤ 日本では依然としてファシリテーションテクニックの土壌が根強いこと,など解決すべき問題が多い.しかし,今こそCP理学療法診療に携わる理学療法士が問題意識をもってエビデンス研究に取り組み,治療効果を科学的に示さなければ理学療法の発展は危うい.なぜならば,社会レベルの意思決定(医療制度)では,治療の科学的根拠が確立されていない分野の診療報酬は削減されることが必至だからである.このことはその分野を後退させ,ひいては対象者および国民の健康や福祉を衰退させることにつながる.
理学療法診療ガイドライン(社団法人日本理学療法士協会:「理学療法ガイドライン第1版」1))は「理学療法を行ううえでの基本的な指針」となり,今後は理学療法診療においてガイドラインの活用は欠かせない.しかし残念ながら,理学療法士のガイドラインの活用は進展していないようである.筆者らが行った,理学療法士がどの程度,日本理学療法士協会などのガイドラインを臨床活用しているか調査した結果では,一般病院16施設の理学療法士293名のうちガイドラインを「活用している」(① 必ず活用する,② しばしば活用する,③ 時々活用する)の回答割合は2割であった(図1).この結果は,CP理学療法診療にもあてはまると推測される.確かに,ガイドラインのEBPT研究に基づく推奨グレードは,臨床現場の多様な個別性をもち再現性の不安定な対象者すべてに適応できるものではないが,ガイドラインを尊守しなくてもよいということではない.特にわが国のCP理学療法診療は,各施設や療法士個々人がそれぞれ異なった治療法や評価法を用いて治療技術の向上をめざしてきた長い歴史があり,治療法や評価方法のエビデンスをあまり問わない文化があったように思われる.しかし理学療法士は,理学療法業務に対する裁量権(与えられていると解釈できる)を有するがゆえに,倫理規範を遵守し,患者の人権擁護を第一とするprofessional autonomyを涵養しなければならない.自らの臨床判断に自信と信頼をもち,説明責任を果たし,また医療の質を向上させ,社会からの信頼を得るには,ガイドラインを尊守・活用して,その有効性を吟味する態度を涵養することがエビデンスサイクルの活性化につなげるうえでも欠かせない.そのような倫理性と科学的態度を育成するには,卒業前の養成教育からの取り組みが不可欠でもある.
以下では,CP診療ガイドラインを参照し,その有効な臨床活用としての実践モデルを提案することを試みたい.
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