- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
レポートやデイリーノートが書けないために,提出日に休んでしまう学生がいる.明け方までレポートを書いていた学生が,翌日の実習中に居眠りをしてしまう.実習終了間近に実習訪問に行ってみると,学生はレポート作成のために図書室にこもっていた…養成校の教員をしていれば,多かれ少なかれこのような状況に遭遇したことがあるのではないだろうか.このような実習上のトラブル(とりあえず“レポート問題”と呼ぶ)も,元はといえば「学生が適切に評価を行えない」といったような臨床技能的問題に端を発していることが多い.あるいは「○○の病態に関する学生の知識が不足している」ことが原因かもしれない.しかし,どちらの場合であっても,問題点をレポート課題に変換して解決できることではない.
技能の不足は練習や経験によってしか補えないものであり,知識の不足は学内教育で補うものである.こう言うと,「知識不足の学生は実習に出すな」という声が聞こえてきそうだが,臨床技能を習得しようとしている場で必要な「知識」とはどの範囲だろうか.
“レポート問題”1つを取り上げても,突き詰めて考えれば不合理なことが多すぎる.臨床実習とは本来,学内教育と相互に補完し合う教育の一形態である.学生にとっては,初めて長期間にわたって症例に接し,運動機能が変化していく過程を感じとる機会を与えられる場でもある.しかし,昨今の法改正による医療環境の変化や養成校の急増により,臨床実習を受ける側にも多くの新たな問題が発生していることだろう.このような現状の中で,臨床実習の意義をどこに求めればよいのだろうか.本稿では,筆者の所属する茨城県立医療大学の臨床実習に関する取り組みを紹介しながら,教員と指導者の役割についても考えて行きたい.
Copyright © 2007, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.