講座 失行 失認シリーズ
失行症・失認症をどう理解するか(3)
上田 敏
1
1東大病院リハビリテーション部
pp.288-292
発行日 1972年8月9日
Published Date 1972/8/9
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1518104250
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Ⅲ.高次脳機能の研究の歴史
〈A.臨床医学的研究〉(vol.6 no.2よりのつづき)
5.失認症の研究史
失認症(agnosia)という用語がはじめてもちいられたのは若き日のSigmund Freud(後に精神分析学の創始者となった)の著書‘失語症の概念について’(1891)1,2)においてであった.これによって,要素的な知覚過程の障害とは異なった高次な認知過程の障害としての失認症という概念が確立されたわけであるが,これに到るまでにもすでに多くの観察が重ねられていた.
特に失認症の研究は失語症や失行症とちがって臨床観察からではなく,動物実験という生理学的な研究に端を発した点興味ぶかい.1877年にMunkはイヌの後頭葉の一部を切除すると,視力は保たれ,障害物を避けて歩くことができるのに見ているものを認識することができなくなることを観察した.イヌは目の前におかれた肉,食物,火,鞭などに関心を示さないし,飼主を見てもわからなかった.Munkはこのような状態を‘精神盲(Seelenblindheit)’と呼び,以前に知覚した視覚的心像(イメージ)が失われたものと解釈した.このようなイヌに2度めの手術をして,隣接した後頭葉を更に切除すると,イヌは完全な失明状態になった3).Munkはこれを‘皮質盲(Corticale Blindheit)’と呼び,精神盲と区別した1).
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