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はじめに
失行症や失認症が疑われるきっかけは,たいてい患者の「不可解な」行動である.左の足がまだフットレストの上にあるのに平気で車椅子から立ち上ろうとする患者,日常会話のレベルに較べ,極端に数量に関する能力が落ち込んだ患者,…など.たんなる運動麻痺や感覚麻痺,あるいは通常の痴呆の概念からは説明のつきにくい奇妙な行動障害だといってよい.
慣れた臨床家は,患者をめぐるエピソードを聞いただけで,およその見当をつけることができるであろう.しかし,そうした勘や経験にたよらずに間違いなくこの種の障害を発見できる簡便な検査法があったらよいとは,誰でも願うところである.だが.残念なことに,そうした簡便なスクリーニング検査法はまだ確立されていない.
すでに発表されている検査法も,以下に述べるものも,いずれもかなりの時間を要するものであるから,これを全ての脳障害者に行うのは適当でない.まず通常の運動機能検査や感覚検査,日常生活動作評価などを行い,失語症検査や知能検査の結果を参照し,その過程で「奇妙な」矛盾に遭遇したら失行症・失認症検査を行う,というのが実際的であると患う.日常生活動作の丹念な検査や聞きとり(家族・付添者に対しても)はとくに重要である.多くのヒントはこの中に隠されている.
検査にあたっては,通常いわれる種々の失行症や失認症の有無を1つずつ点検してゆく方法をとるよりも,まず行為と認識の全般を系統的に調べ,そこに見られる複数の障害を構造的に把握しようと努める方が,適切であると思う.患者がたった1つの検査課題にだけ異常を示すことは稀である.また,たいていの検査課題には複数の要因が含まれており,これらは課題問で重複しあっている.くわえて,患者の成績は動揺するのがつねであり,同一課題にいつも同一の反応を示すことも少ない.したがって,多数の課題に対する複数の症状を比較検討して,背後のより根源的な障害(中核的な障害)を探るという総合判断の手続きがどうしても必要になる(Luriaはこれをsyndrome analysisと呼んでいる1)).従来の,構成失行,着衣失行などは,根源的障害というよりは,むしろ症状の1つと見るべきものであろう.
評価の順序は,一般検査から個別検査へと向かう.前者は患者の中核的障害を探るためのものであり,後者はその質と程度をより詳しくとらえるためのものである.
この号で扱うのは前者である.この小文の中で,検査課題の意味づけと区分は筆者なりの考えに従っているが,課題の具体的内容の多くは先人の工夫を借りたものである.未熟な部分もあり,寄せ集めゆえの欠点も少なくない.おそらくは整理可能なのだが根拠不十分のためとり合えず並べた項目もある.これらの改良は,将来に委ねざるを得ない.
検査法をどう設定するかは,結局,失行症や失認症をどう理解するかということと,何のために検査するのか,ということにかかわっている(もし治療的訓練を行うつもりであれば,評価はより詳しくなるであろう).以下に紹介する検査法は,筆者がこれまでに用いた方法のある部分を削り,ある部分を新たに加えた暫定案である.
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