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はじめに
痴呆の日常生活上の行動を評価するにあたって留意しておかねばならないことが幾つかある.
まず,患者が痴呆性疾患に罹患しているかどうかの鑑別診断が必要である.うつ病や意識障害の患者が痴呆患者として取り扱われている不幸な事態が臨床上しばしば生じている.とくに痴呆性疾患とまぎらわしい疾患としては,軽度の意識障害をきたす疾患,一過性全健忘,失語・失行・失認など神経心理学的症状を示す疾患,うつ病の仮性痴呆,ヒステリーの仮性痴呆,精神分裂病の末期,精神遅滞などがあり,これらと痴呆性疾患の鑑別を行うことが必要である1).注意深く行動の観察や評価を行うことは,診断,治療の手助けとなりうるが,痴呆と誤診された患者について,痴呆に関する行動評価を行っても,それは全く意味のないことなのである.さらに,複雑なことであるが,痴呆性疾患の経過中に意識障害,神経心理学的症状,うつ状態などが出現することがあり,痴呆症状を修飾・悪化させるので,行動評価上注意を要する.
次に,痴呆症状は複雑多岐であり,症状の正確な把握が極めて困難なことである.痴呆症状は単に知的機能の低下のみならず,広範な精神・神経・身体機能の低下や異常を包含している.これらが総合した状態あるいは相互関連した状態が痴呆症状であり,異常行動として表現される.特に,痴呆の日常生活上の行動は心身機能単位の個別的な表現ではなく,数多くの情報が集積されたものとしてとらえねばならない.したがって,痴呆患者の行動を評価することは困難であり,観察者が異なれば行動評価も異なることが多い.また,知能テスト2)のように,痴呆の重症度を行動評価の面から数量化して評価することも困難である.これらのことから,行動評価により痴呆症状や痴呆程度を評価するには自ずから限界があることをあらかじめ留意しておかねばならない.しかし,一方患者とともに生活し,語り合い,行動を観察することは,患者の生きた全体像を直観的にとらえ,生活上の能力や可能性を評価することであり,痴呆の診断や治療について数多くの有益な情報を提供してくれるのである.痴呆患者は黙っていて何もしないのでカルテに記載することがないと,平然と語る医療関係者に会ったことがあるが,嘆かわしいことである.
第3に痴呆には多くの因子が関与していることに留意すべきである.痴呆の発現,進行,治療に関わる主要な因子は身体的因子(脳の広範な器質性障害)である.しかし,一般的に老年期精神障害の背景が多元的因子によって構成されているように,痴呆性疾患でも図1に示すごとく,脳障害以外の身体的因子,自然環境因子,心理的因子,社会的因子などの副次的諸因子が複雑に関与して,痴呆の発現に影響を与え,痴呆症状を修飾・悪化させている.したがって,痴呆の行動評価を行うにあたっては,表面的な状態像のみにとらわれることなく,状態像に関係した諸因子とその関連について考察し,状態像の本態(例えば,ほんとうに痴呆症状なのか,心理的な影響ではないのか,内科的疾患によるのではないのか,薬剤によって生じているのではないかなど)を把握し2),全般的な正しい行動評価を行う.しかる後に,多面的配慮がされた治療方針を決定するよう心がけるべきである.
第4に,患者への接し方によって,行動評価が変ってくることである.患者が不安,恐怖,困惑を抱くような状態では,正確な状態を把握することはできない.有能な医療関係者との接触で,家人がびっくりするような反応や行動を患者が示すことがあり,この場合患者に対する評価は,症状の面でも重症度の面でも良い方に変るであろう.したがって治療的にも意義のあることになるが,患者の現在もっている全可能性が表現されうるような接近法が工夫されねばならない.患者との接触に際しては,わかりやすい言葉で語りかけ,はい,いいえの答えだけが返ってくるような質問形式はなるべく避け,患者の精神内容が表出できるよう,また,患者と行動をともにする中で観察できるように配慮する.スキンシップを心がけ,根気のよい受容的支持的態度で接する.こうして,接触場面は患者にとって居心地よい場となり,多くの情報が患者から得られるのである.
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