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はじめに
痴呆に関する今回の講座では既に病態生理,痴呆を起こす疾患,痴呆疾患の心理状態,痴呆による行動の評価などについて詳しく論じられて来た.ここではさらに痴呆への対応,対処について基本的事項から最近の進歩まで含めて触れてみる.
痴呆に関する研究は,脳病理学に端を発することは既に知られており,アルツハイマー病,脳動脈硬化性痴呆(cerebral arteriosclerotic dementia)がBinswangerやAlzheimerによって報告された.臨床分類としてはKraepelinにより老年痴呆(senile dementia)と脳動脈硬化性痴呆に大別され伝統的診断として用いられて来た.近年脳動脈硬化性痴呆という用語は次第に姿を消し,脳血管障害の結果として起った痴呆の総称として脳血管性痴呆(cerebro-vascular dementia)が用いられるようになったが,更に脳血管性痴呆の多くは複数の梗塞巣を有することが究明され,最近では多発梗塞性痴呆(MID:multi-infarct dementia)と呼ばれるに至った.一方老年痴呆についても変遷があり,比較的新しい国際的診断基準では一次性痴呆(Primary degenerative dementia)と名称されたが,最近は老年痴呆と初老期痴呆として別に扱われていたアルツハイマー病が本質的には,同一疾患であるという見解がより有力になり,両者を一括してアルツハイマー型と呼ぶようになった.そして最も新しくは老年痴呆をアルツハイマー型老年痴呆(SDAT:senile dementia Alzheimer type)と呼ぶに至っている.このように痴呆に関する基礎的研究は少しずつ進歩しているが,臨床においてもCT(computed tomography)の登場によって痴呆疾患の診断は格段の進歩を遂げた.脳萎縮の病因解明に関する研究はまだかなりの時間を要すると思われるが,臨床と基礎との境界が少しずつ狭められているのが現状であり,臨床診断がより原因にせまることが期待しうる状況にある.
さて最近の痴呆の概念は拡大される方向にある.例えばアメリカの精神医学会の定めた診断基準DSMⅢ1)をみると,痴呆をきたす基礎疾患(甲状腺機能低下症など)が治療されることにより,痴呆の進行は停止し軽快することがありうるとしている.これは従来の非可逆的変化を認めたものを痴呆とする考え方からするとやや異なるものである.我が国には,痴呆の概念を厳密に使おうとする考え方が伝統的であって,生理的衰えや可逆性の痴呆状態を示す概念として「ボケ」が用いられているが,これは便宜的用法であって,これに相当する学術用語は外国には見い出せない.ここでは生理的にみられる精神機能低下状態をボケと呼ぶことにする.
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