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Ⅰ.はじめに
作業療法は,我が国のリハビリテーション医学の分野では,十余年の歴史しか持たない言葉であるが,精神科領域では歴史も古く,明治39年に呉秀三はヨーロッパのコロニーを見て来た話として,「癲狂村の話」1)を書きその中で作業療法を詳しく解説している.内容は,精神病者を拘束した状態から解放した無拘束法の効果と,自由にしたうえで作業療法を行わせた効果についても述べている.作業療法の効果には,精神的な効果として,患者の行動を安定させ異常な体験を縮小する.知的な能力の低下を妨げる.身体的な効果として,体力が増し新陳代謝も高まり身体が丈夫になる.さらに経済的な効果として,作業によって病院にも利益があり,それは患者にも還元される.また患者は手に職を覚えることで,職業訓練にもなる.しかし,経済的効果については「もとより病院に患者で儲けさせる考えはない」1)と断言している.呉が述べている作業療法の精神面,身体面の効果の基準は,精神医学の診断的側面である症状,症状の変化,行動の変化,身体の変化で,主に観察的方法である.客観的な評価は,コロニーでの全入院患者総数の何割が作業療法に参加しているか,作業をすることのできた患者と入院総患者との割合,作業日数と在院日数との割合,精神病者の作業力,すなわち健康者一人の平均作業量を患者なら何人でこなせるか,などである.70余年前から今日まで作業療法の効果をみる方法については,観察的方法での記述が多く基本的には変りがない.その理由は精神医学の基本的方法が変っていないからではなかろうか.現在の精神医学での精神病者のとらえ方について,西丸ら2)は一般医学と同様に精神医学も症状をとらえ,その症状の背後にひそむ人間のある異常な事態(病気)により生じる特有な精神・身体的状態をとらえることとしている.それは概してその事態にとっては非特異的な現象であり,病気のような異常な事態はその個人の精神身体領域にさまざまな現象をひき起こす.これを症状という.器質的疾患をその対象とする一般医学ではこのような意味の症状をよりどころに,その成立理由をその個体の身体構造と内的,外的条件との間に因果関係を追求していくことにより症状を成り立たせている基礎疾患に到達しようとしてきた.しかし,精神医学では中枢神経系の器質的損傷に基づく精神疾患の身体・精神症状には援用されるが,ひとたび現在のところ身体的原因の見出だせない精神疾患に対峙すると,「そこに現わされている諸症状,とりわけ精神症状を我々はどのようにとらえ,どのように理解してきたのであろうか.この問題こそが,従来からの精神医学,とりわけ精神病理学の中心課題の一つであったのであり,それは精神医学の方法論としてすでに古くから幾多の先達らによって繰り返し論ぜられてきたのであったし,この方法論の相違がまた精神医学の諸立場を生み出してきたと言えよう」2)と述べているように,症状はとらえられるが,その成立理由が不明であることが問題である.作業療法においても症状の変化をとらえることを中心にしており,このことがその症状のとらえ方により,作業療法の中にも種々の考え方がある理由であろう.さらに,作業療法の教育に用いられることの多いWillard and Spackman著の「作業療法」の精神科作業療法の部分を見ると,第3版(1965)3)には診断(diagnosis)という言葉があり,第4版(1975)4)以後に評価(evaluation)という言葉に変っている.
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