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確実に効く制癌剤が開発された将来はあるいは手術や放射線療法が不要になるかもしれないが,現在使用されている制癌剤はいずれも実験的にすぐれた抗腫瘍性があつても臨床的には癌を治癒させるような薬剤ではない。すなわち,いずれの制癌剤も癌細胞に作用してその発育を抑制するほかに,常時増殖をくりかえしている造血臓器や皮膚,粘膜などの正常組織にも作用するが量的の差で制癌効果を期待しているわけで,腫瘍に対して必要量を投与すれば治療効果のある制癌剤でも効果をみないうちに副作用のために治療を中止せざるを得ないものもある。したがつて現在ある制癌剤を使用するについてはその投与法が私達臨床医に与えられた課題である。つまり,いかなる投与法を実施すれば副作用を少なくして,しかももつとも有効的に長期間使用できて制癌効果をあげられるかで,それは個々の症例の状態によつて投与法をきめるべきもので,一律的に制癌剤を投与しても治療効果はあがらない。
かつては私達も頭頸部悪性腫瘍患者を診るとすぐに周囲の健康組織とともに塊として腫瘍を摘出する手術を考え,顔面の醜形などの治療による身体的障害には眼をつぶらざるを得なかつた時代もあつたが,制癌剤の局所化学療法と放射線療法を併用した治療を実施している現在は広範囲進展症例でも形態と機能を保存した処置が可能で,治療後の割合早い時期にも発病前の職業に復帰している症例が多くなり,近い将来には適切に処置を実施すると頭頸部領域の悪性腫瘍で治らないはずのものはないというところまで治療法が進みつつあるのも,制薬化学の進歩に負うところが多くその功績は大きいが,だからといつて制癌剤の効果を過信して姑息的手術を実施して残存腫瘍を制癌剤の全身投与で期待したり,原病巣の摘出後にあるいは発来するかもしれない遠隔転移を予防する目的でいたずらに長期間制癌剤を投与するなどの誤まつた使用や安易に乱用すると,制癌剤はいずれもその連用で全身的抵抗力を低下させるので制癌効果を期待できるどころか,かえつて癌の急激な進展をきたして不幸の結果を招くことにもなる。無効の制癌剤を使用することは全身的に有害であるから,各症例についてなんらかの方法で癌に有効でしかも全身に悪影響のない薬剤を選択できれば制癌効果が得られる。
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