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緒言
耳鼻科領域の実地診療上の最近の進歩は,一方では全身療法の進歩に因つて局所の処置を無視するような方向に進みつつあるが.(例示,結核,ヂフテリー,その他の感染症等),他方では微細な局所療法に関する注意をますます要求して来ている。治療法についても従来の局所的保存療法にあきたりぬ人々は進んで手術的処置を求める傾向すら見られる。近来は麻酔学の進歩と共に,耳鼻科領域でも従来局所麻酔で行なわれていた手術が,殊に小児の場合など,好んで全身麻酔の下で施術され,局所に対しては余り顧慮されないように変つて来た。この全身麻酔法の進歩は確かに手術技巧を進歩させたが,同時にこの方面にも唯目的の為だけの行き過ぎが出て来た事も疑えない。手術手技の一半はやはり局所麻酔法の進歩改善や,出血防止策の発達等によるものと信ずる。事実日常の診療上で耳鼻咽喉科ほど多くの場合に局所の麻酔が要求される事は,他の医学の分科に於いては見られない。従つて耳鼻科医は局所麻酔法や麻酔剤に就いても特に多くの智識と考慮が要求されているのである。
表題の副鼻洞手術と局所麻酔に就いても,いやしくも耳鼻科を専門としている医師にとつては全く常識の範囲内の事で,特に新しく取上げる程の問題とは思えないかもしれない。併し飜へつて冷静にこの問題を反省して見ると,その中にも尚色々の問題があり,日常の手術に際しても従来の局所麻酔法では不満足で,少なくとも不充分と思われる点がいくつかあるのに気附く筈である。多くの患者に同じ局麻剤を,同じ目的で同じ場所へ同じ量だけ注射しても,患者によつては尚疼痛を訴える者もあり,或いは全く無痛になる者もいる。又副鼻洞手術を数多く手がけ,手術時の患者の状況をありのままに詳細に観察した人なら誰しも知つていると思われる事は,篩骨洞の局所麻酔が他の副鼻洞より簡単で而も確実で,手術の際に疼痛を殆んど訴えない事実である。上顎洞の手術では如何なる局所麻酔法を講じても,洞内粘膜を剥離する時に完全な無痛は仲々望めない。何故このような現象があるのか,上顎洞内の操作に対する完全無痛法を安易に確実に実施出来ないものか,考えて見ると色々の問題に思い当る筈である。
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