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あとがき
岩田 誠
pp.206
発行日 2008年2月1日
Published Date 2008/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1416100233
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今,30年前に受け持った1人の患者のことを思い出している。それは喉頭がんの方で,根治手術の後,放射線治療が行われていた。この方が神経内科に入院したのは,遅発性放射線脊髄症により四肢麻痺を生じたためである。知的能力が保たれていながら,しゃべることはおろか声を発することもできず,四肢麻痺もあるため,意思の疎通に大変苦労した。しかし,がんを治療した医師たちは,「がんは治癒しているので,もう治療の必要はない」と患者に告げていた。実際,この方はその後何年もこのままの状態で生き延びられたが,がんの再発はなかった。
私は抗がん薬や放射線照射による治療の結果生じてしまった神経内科後遺症の患者を,数えきれないほど診てきたが,そのたび,このような結果を避けることはできなかったのだろうかと切実に思う。がんの専門家は,抗がん薬治療や放射線照射を行うとき,骨髄抑制のような急性の病態には注意をはらうが,“遅発性放射線脊髄症”のように,治療終了後長時間を経過してから出現してくる現象を観察しないし,抗がん薬による末梢神経障害の後遺症によって,その後延々と続く耐え難い異常感覚に苦しんでいる患者にも無関心である。これらの患者は例外なく,がんを治療した医師からは,「もうがんは治っているのだから通院する必要はない」と告げられている。
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