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黒沢清監督が約5年ぶりの新作映画を公開されました。『リアル~完全なる首長竜の日~』は乾 緑郎氏原作のSFミステリーですが,ホラー色もあり,監督らしい意識的な撮影技術で,内容だけでなく映像も楽しむことができました。恋人の淳美(綾瀬はるか)が自殺をはかり,昏睡状態に陥っています。佐藤 健が演じる主人公浩市がセンシングという技術で淳美の意識に入り込み,自殺を図った原因を探ります。その過程で15年前に2人が住んでいた島での事件が浮かび上がってきました。意識と現実が交錯し,また,過去と現在の時空を行き来して,どこにいるのかわからなくなってくる物語です。
この映画を見て,私は村上春樹氏の小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を思い出しました。この小説は1985年に発表された作者の4作目の長編小説で,パラレル・ワールド,つまり2つの物語が平行して展開する形式をとった小説です。現実と意識がどう対応しているのか,物語は重層的であり,訳がわからなくなってきます。『ハードボイルド・ワンダーランド』では,近未来的な「現実」で「計算士」として働く「私」が老博士から依頼を受け,地下の研究室を訪れるところから物語が始まります。『世界の終り』では,「僕」は四方が壁に囲まれた,一角獣が生息する街で,一角獣の頭蓋骨から昔の夢を読みながら日々を暮らしています。『ハードボイルド・ワンダーランド』では意思決定を行う脳細胞の無限の情報量を数値化する「シャフリング」という手法が出てきますが,現在のコンピューター社会の行く末を予言していて不気味です。一方,一角獣の頭蓋骨から夢を読み取る作業は過去の記憶を集積することです。なぜ,一角獣なのか? 確かに,西洋のタピストリーではよく一角獣が描かれています。架空であるからこそさまざまな意味が賦与されているものと考えられますが,時間を超えて記憶されている人間の営みを象徴しているような気がします。先祖から伝わっている意識の核の象徴だとすれば,東洋的にはやはり「竜」でしょう。一角獣から首長竜を連想しました。乾 緑郎氏はそのあたりを意識したのかも知れません。
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