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困ったと思った.昨年の暮れのことである.困ることは日常的にしばしばあり,落胆と溜め息はガス抜きみたいなものであるが,かなり困った.仕事が溜まっているのである.昨年は8月の終わりから,いろいろな行事があり,3か月に5回の海外出張もこなしたため,余裕がなかった.年末年始に仕事を片付ける方も多いと思うが,ご他聞に漏れず私も年末年始は書き入れ時であり,もし余裕があれば大きな執筆をしたりもする.今回の年末年始は6日しかなかった.すでに締め切りが過ぎてしまっているものも含め,まずやらなければならない全貌を明らかにしようと思い,数え出した.どんどん出てくる.しかも重々しいものばかりであり,やすやすとは片付けられない.その内容は書けないものもあり,伝えられないもどかしさを感ずるが,全部で12個あった.もう少し若いときなら,1日2個やれば済む,と立ち向かうところであるが,還暦も過ぎると気力と体力がなくなり,物理的に夜は見えが悪くなり,眠くなり,能率が上がらない.息抜きにアルコールを入れればイチコロである.また年末年始は多少の家事やら世事やらの用事があり,家庭を円満に保つためには,他の家庭の構成員から見れば道楽としかうつらない仕事ばかりしているわけにもいかない.でもやった.正確に言うと11個片付けた.1月4日の爽快感はここを通り抜けたものしかわからないであろう.
昨今,「めりはりのある働き方」とか「仕事の効率性」とか「業務の洗い出し」とか,巷では言う.「能率性」「業務の洗い出し」を号令とともにやり出すと,また会議が増え,仕事が増える.どうすればいいかは,こうした所作や仕事が多い米国が,われわれのちょっと先の姿を示しているかもしれない.米国には秘書あるいはそれに準ずる仕事をしているヒトが一杯いる.「秘書の日」も毎年ある.今,仕事のあり方を書いているのは,サンディエゴからの飛行機の中で,昨晩,そうした秘書のヒトたちの話をワインとともにたっぷり聞き,仕事を処することに長けている米国人の気質を少々見習わなければ,と殊勝に思ったからである.
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