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2020年の日本皮膚科学会総会でデルマトオーケストラとその合唱団がベートーヴェンの第九をやる.それでオケの第1回目の練習を高円寺の貸ホールで行った.この地には私にとって忘れることができない喫茶店がある.その経緯は本誌2018年11月号の「あとがき」を読んでいただきたい.意外と何人かの読者から良かったとお褒めの言葉を頂戴した.老齢のメイドカフェ風女主人が酸っぱいカレーを馳走するのである.カフェ名は書きたいが個人情報になるかもしれずグッと我慢する.それで,練習の昼食時にクラリネットのS先生とY先生と,またその店を詣でた.居た居た,この女主人である.しかし服装は前回ほど華やかでなく,常識的である.今日は派手な格好ではないですね,と言うと,前回はどうでした?,と言われ,メイドカフェみたいな,と正直に答えた.注文は何にされます?,(もちろん)カレー.カッコ内は心の中で強調した.前回と同じように民家の御不浄をお借りし,店の置物や自家製パンを眺めながらカレーを待った.半ば酸っぱいことを期待していた.来た来た,食べてみて,ウン?おかしい,酸っぱくない,美味しい.それなら前回のあの酸っぱいカレーは何だったのか.隠し味に酢を少々入れたと説明を受けたが,本当は腐っていたのかもしれない.サラダも前回のコンニャクではなく至極真っ当だ.女主人は70代,外で働いていたが10年くらい前にこの喫茶店を親から継いだらしい.高円寺に来た理由は,皮膚科医のオケの練習だと言うと,ヘエ忙しいでしょうにねえ,どこで本番?,京都,京都のどこ?,国際会館,と思いがけず興味を示してくれた.インテリジェンスも高い.会話を交わしている間,店のガラス窓からは小さな庭を行き交うアゲハチョウが何匹も見える.恐らく蝶道になっているのだろう.店を出るとき,清々しい空気と光を感じた.その春陽は木々の間からキラキラと細かく漏れ出しており,この店の名前にぴったりであった.
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