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デルマトオーケストラの第2回演奏会を2018年7月6日に終えた.私が担当した皮膚悪性腫瘍学会学術大会の文化活動として,浜松アクトシティで行った.ブラームス交響曲第2番という難曲であったが,70%皮膚科医のオケとしては,上々の出来であった.CDを聴いていただきたい.さてその練習を4回ほど行ったが,その1つは都内郊外の貸ホールで励んだ.団員は北海道から九州までの広範囲から集まるので東京がベストの練習場である.リハーサルは10時から16時まで長時間に及び,昼食時に近くの食堂を漁った.めぼしいものはない.開業医のクラリネットS先生と浜松医大トランペットA助教と3名で物色していたところ,喫茶店Kが見つかった.名前は明かせないが,「木々の隙間から射す初夏のキラキラとした光」を店名に使っていた.この名前ならさぞかし美味な一品もあるに違いない.しかし店はお世辞にも立派とも言えず,3名は不安な面持ちでドアを開けた.「いらっしゃいませ」,齢80か,メイドカフェを思わせるコスチュームか,恐らくオーナー兼従業員の女性が現れた.怪訝な面持ちの3名は席に座り,メニューを見た.食事用は,カレーとホットドッグ.「どちらが早いですか?」「カレーです」という会話の後,カレーを3つ注文した.待つ間,お手洗いを借りたが,民家のそれであった.さて眼前に現れたカレーを一口食べて,心に隠していた不安が一挙に広がり,S先生とA助教の表情を盗み見た.同じく不安の表情である.酸っぱいのである.本来酸っぱくない食べ物が酸っぱいときは,腐っているというのが通説である.しかし腐った匂いや味はしない.この3名の中でメイドに訊ける度胸を持つのは自分しかいない.で,訊いた.「酸っぱいですよね」,「隠し味にお酢を入れました」.いやいやこれは隠れていない.完全に自己主張し,オケのアンサンブルとしては崩れている.横にサラダが付いている.中味をスプーンで検索すると丸いコンニャクであった.ともあれ3名とも完食し,800円を払おうと3名それぞれ千円札を出した.「あの,お釣りありません」「僕らも細かいお金持ってないし…お釣りなしでいいですよ」「それじゃあ500円玉は3つあるので,皆さんに1枚ずつあげます」.ワンコインカフェでは商売にならないだろうに.この女主人が本来のメイドカフェで働いていたのは今から約50〜60年前だろうか.昭和30年前後とすると私の生まれた頃である.戦後10年の雰囲気を今も残しているカフェかもしれない.店を出るとき,50年前の女主人の姿を想像し,会いたくなった.
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