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四半世紀を勤務医として過ごし,故郷で開業することになった.オーソドックスな紙カルテにする予定である.電子カルテは入出力にイライラし,パラパラめくって経過を鳥瞰図的に眺められない.不満が多いシステムだが,若い医師に好評なのは,彼らにとってパソコン(PC)が生活の一部になっており,操作に何の抵抗もないからであろう.ところが,オンラインの文献検索に頼りきり,要領はよくても幅広い勉強を怠っている若手医師や,教科書も持たず,インターネットから切り貼りして木に竹をついだようなレポートを書いてくる学生が増えてきた.PC頼みでは,図書館で雑誌を積み上げて調べゆくうちに,多くの興味ある論文に出会って読みふけり,結局何を調べにきたのかも忘れてしまう,あの楽しさ(?)や,ゆっくり流れていく時間も味わえまい.かく言う筆者も,紙テープを外部記憶に使った古い時代に“電子計算機”に魅せられた.PCの黎明期には,わずか32キロバイトのメモリと格闘しつつ,ゲームやCGのソフトを書いて原稿料や賞品稼ぎをしていた.創造主になれた楽しい一時期であったが,この趣味が皮膚計測工学という自分の専門に繋がるとは予想もしていなかった.しかし写真に音楽にと,PCが家電化されて感動も失せ,通信機能の向上で雑用が増すばかりで,その挙げ句の電子カルテである.メニューやツールバーで埋まった画面を見ると,猿の知能実験(教えられた順番でレバーを引けば,ごほうびにリンゴが出てくる)を思い出す.「電子カルテ? プッ」となめていたものの,なかなかリンゴが出てこない.教授のように医員に口述筆記させ,自らはPCに触れもせず面目を保つ,というわけにもいかぬ.得意げな(哀れんだ?)若い医師に乞うて手順を教わり,悪態をつきながら今日もマウスを動かしている.間もなく自由な紙カルテに戻れるが,長らく診てきた多くの患者さんを置き去りにして県外へ去ることが気がかりである.身勝手をわび,泣かれ,もらい泣きする辛さがすでに始まっている.実は万策尽きた方もいて,後ろめたいが少し安堵しつつ,後任にお願いすることになる.
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