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あとがき
桑野 博行
pp.1400
発行日 2013年11月20日
Published Date 2013/11/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407104859
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「セレンディピティ(serendipity)」という言葉を目にする機会が多い.ご存知の方も多いと思われるが,“Serendip”国の3人の王子が旅の途中に意外な出来事に遭遇し,その聡明さから,彼らが元来求めていなかった,それ以外の別の価値のものを発見した,という童話に基づいて英国のHorace Walpoleが発案した造語であり,「偶然幸運に出会う能力」という意味で「偶察力」とも称される.この具体例としては,数多くのノーベル賞受賞研究をはじめとする偉大な発見から,ささやかでもキラリと光る成果に至るまで枚挙にいとまがない.私たちの身近にある付箋(Post-it®)も強力な接着剤の開発中にたまたま弱い接着剤を作り出してしまったが,本の栞に応用できないかと思いついて,現在は世界中で使用されるに至ったとのことである.医学研究においても,Alexander Flemingの細菌培養実験におけるアオカビのcontaminationからのペニシリンの発見や,Louis Pasteurによる夏の暑い実験室に放置されて弱毒化されたコレラ菌から,ワクチン開発へつながった経緯などがserendipityの代表例であろう.
このように考えると,私たちは,当初の研究デザインと,それにより齎されるであろう予測に結果がそぐわなくても,また実験が,目的からすると失敗であったとしても,その事実から眼を離さず,謙虚に現実と向き合い,頭と心を使って考えをめぐらせることが肝要であることを思い知らされる.そのような精神と姿勢のもとでは,現在問題となっているデータのねつ造などは論外であろう.
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