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このあとがきを書いているころ,昨年改正された「臓器の移植に関する法律」(改正臓器移植法)が7月17日に施行されることになった.この法律が適用される限りにおいて,「脳死は人の死」と定義され,本人の意思が確認できなくとも遺族の承諾があれば脳死体からの臓器提供が可能となった.したがって,法律上は本人の意思が確認できない小児からの臓器提供もできるようになったわけだが,その実現のためにクリアしなければならない課題は多い.小児の脳死判定にはより慎重な手順が求められているが,その診断には高度の専門的知識が必要である.また,児童虐待の判定についても院内のシステム作りが必須である.これらの条件を満たす施設はかなり限定されることが予想されるわけで,改正臓器移植法が絵にかいた餅にならないかと危惧する.もちろん,この法律には慎重な運用と客観的な検証が必要であり,さもないと移植医療が社会の信頼を得ることはできないことは言うまでもない.
翻って考えると,わが国で脳死移植がなぜ普及しないかという議論は古くからなされ,法律の不備,宗教上の問題,国民性,心臓移植の反省,メディアのネガティブキャンペーンなど,多くの原因が指摘されてきた.その中で,ドナーとその遺族の立場については十分な社会的評価が行われているのか,いささか疑問がある.究極のボランティアであるドナーと,様々な葛藤の中でドナーの遺族となることを選択した方々に対して,レシピエントからだけでなく,広く社会的な感謝と賛辞が送られてもいいのではないかと思う.ドナーとその遺族に対する尊敬の念が個人情報保護に抵触しない範囲でもっと表明されてもよいのではないか.遺族はドナーを誇りに思い,臓器提供に同意したことに誇りを持てるような社会であってほしい.医療は医師と患者の信頼関係で成り立っており,相互に尊敬,尊重することでより良い医療が展開できる.医療過誤,医療訴訟,モンスターペイシェントなど,医療に関わる楽しくない話題が連日報道されている今日この頃,移植医療の新しい展開はわが国の医療全体の未来を占う一つの試金石になるであろう.
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