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とかく神経疾患はむつかしく理解しにくいという印象を学生も臨床家もいだいているのが実際ではないかと思う。その理由の一つとして神経学を学ぶには解剖,生理,病理といつた基礎的知識を多少とも身につけていないと,本を読んでも実際に患者に接しても診察の仕方もわからないし,診断のつけようもないということがあげられよう。しかも解剖,生理,病理さらには生化学,薬理学といつた部門において,神経学に関してだけでも果しなく進歩をつづけており,その全貌をマスターすることは神経学を専門にするものにとつても容易でない。このような観点にたつと今回発行された錐体外路系疾患は,まさに上述の問題点を中核として,いかにしてこの命題を解明し,読者の神経学に対する関心と理解を深めさせるべきか努力している意図がよくよみとれるのである。
錐体外路系とは錐体路系に対して用いられている名称であるが,錐体路系という概念が形態学の進歩とともに次第にあいまいとなり,これにともなつた錐体外路系の概念も当然基盤の動揺を生じてきたことはいなめない。著者が述べているように運動系と知覚系が対立する系ではなくて,sensori-motorとして両者あいまつて円滑な機能がいとなまれるごとく,錐体路と錐体外路についても形態学的にも明確に区別しえないものがあるとともに,機能的にもそれぞれ独立の機能というより,両者の協調により運動機能の平滑さがたもたれると考えられる。このような概念の変遷のあとがよく記述されているとともに,このような変遷をもたらした形態学的ならびに生理薬理学的の新らしい知見が,それぞれ錐体外路の概念と歴史,錐体外路系の解剖,錐体外路系の生理として紹介され,ことに近年急速に進歩してきた脳のアミン系を中心とする生化学薬理学がよく整理されており,これに症候学の立場から従来よく知られているものに新らしい知見をも加えて記載し,以上をもつて総論としている。各論はパーキンソニズム,Par—kinson痴呆症候群,肝脳疾患I (猪瀬型),II (Wipson病),慢性マンガン中毒,薬物による錐体外路系障害,一酸化炭素中毒,核黄疸,脳性小児麻痺における核黄疸後遺症,脳血管障害と錐体外路症状,舞踏病,筋ジストニーと痙性斜頸,Creutz—feldt-Jakob病,Hallervorden-Spatz病の14項目がとりあげられ,いずれにおいても神経学の最新の知見がとりあげられ,紹介,批判,主張,考察が加えられている。とくに錐体外路系疾患の中心をなすパーキンソニズムについては6人の筆者により,病理,病態生理,生化学的知見,特異例,内科的治療,外科的治療が述べられ,いずれの領域においても近年のトピックであるカテコールアミンやインドールアミンとの関連のもとに論ぜられ,例えば病理も単なる病理学的記述にとどまらずに,臨床的問題点とのかねあいにおいて論ぜられている,この方面における近年のすばらしい内外の業績を通覧できる。またわが国に多い脳血管障害にしばしばともなう錐体外路症状が一項目としてまとめられ,その中で問題の多い動脈硬化性パーキンソニズムをはじめとして,各種の不随意運動やジストニアがとりあげられている。なお,Creutzfeldt-Jakob病やHallervorden-Spatz病では特に日本における全剖検例または内外の全剖検例が,臨床・病理所見とともに表示されており,文献的に極めて有用であり,貴重な資料といえよう。
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