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はじめに
近年の神経画像技術の進歩は,種々の神経精神疾患において脳の構造と機能との関係に関する研究を推し進めた。海馬はPapez回路の中心的構造で,陳述記憶において重要な役割を果たしている1)。両側の海馬の破壊はヒトや動物において記憶障害をもたらす。また,嗅周囲皮質および海馬傍回は大脳皮質から海馬への入力であり,海馬のCA1錐体細胞は海馬台,嗅内皮質に出力する1)。これらの領域に限局した両側の損傷はサルで著明な記憶障害を起こすことも知られている1)。嗅内皮質,嗅周囲皮質,海馬傍回を含む海馬の周辺の皮質は単に新皮質と海馬をつなぐ通路ではなく,海馬に達する前に新皮質からの情報の貯蔵する場でもあると考えられている。さらに,扁桃体は陳述記憶に重要な内側側頭葉記憶系には属さないが,扁桃体の損傷はヒトや動物において記憶障害をもたらすという研究も存在する2)。海馬を含む内側側頭葉は,いくつかの神経疾患において中心的に損傷される部位であり,そこが担う機能の重要性から,種々の病態において内側側頭葉は研究の焦点の1つであった。神経画像研究においても,診断上の注目点であり,また記憶障害との関係が探求されている。
Magnetic Resonance Imaging(MRI)を用いて海馬などの体積を正確に計測できるようになり,萎縮の程度を定量化する手法は,MRIの出現後の比較的早期から開発された3,4)。内側側頭葉の萎縮はアルツハイマー病(AD)および側頭葉てんかんで際立つ所見で,これらの疾患では体積計測が診断や原因の検索に役立つことが示されてきた。同様の理由で,前頭側頭葉変性症,レビー小体型痴呆(DLB),パーキンソン病(PD),血管性痴呆,ハンチントン病,mild cognitive impairment(MCI)などの神経変性疾患や痴呆性疾患においても海馬萎縮が検討されている5)。また,海馬はストレスや情動の制御に関わっていると考えられていることから,統合失調症,うつ病,外傷後ストレス障害,強迫性障害などの精神疾患においても,海馬の機能の異常とこれらの病態との関係の仮説に基づいて研究が進められている5)。また,単純ヘルペス脳炎,外傷性脳損傷,ウェルニッケ脳症など記憶障害を残す疾患において,海馬萎縮と記憶障害との関係を検討した研究もみられる5)。海馬体積と記憶を中心とした認知機能との関係の研究は,臨床的にも,神経心理学的にも重要な位置を占めている。
MRIで計測されるのは体積である。体積が小さいことが必ずしも病理学的な萎縮の表現ではないことに注意しておかなければならない。体積に反映するのは,神経細胞喪失の他,グリオーシス,圧排など他の病理,発達の異常,さらに個体差がある。たとえ萎縮であったとしても,病因によって萎縮と組織損傷の関係は恐らく異なっている。したがって,異なる病因による萎縮を同じ基準でとらえることはできない。同様に,萎縮と発達障害は異なる。さらに,健常者における体積の違い(個体差)と病的に生じている萎縮とは全く同列には論じられない。すなわち1つの疾病あるいは病態という同じ病理学的背景の上でのみ,体積の変化すなわち萎縮の程度が損傷の程度を反映しているといえる。後述するように,現在のところ,側頭葉てんかん6,7)とAD8,9)および血管性痴呆10)における海馬硬化に関しては,組織病理学的変化と体積の変化(萎縮)との関係が示されている。
種々の疾病における海馬体積と認知機能あるいは病態との関係に関する知見が示されているが,ここではMRI体積計測法を用いた研究を中心にして,海馬およびその近傍,すなわち内側側頭葉の萎縮を取り上げ,萎縮と記憶を中心とした認知機能障害との関係を論じることにする。病理学的異常が明らかな神経疾患に対象を限定し,萎縮とは考えにくいもの,組織病理が明らかでない病態,あるいは発達障害が疑われている病態,すなわち多くの精神疾患における海馬構造と機能との関係には踏み込まない。例えば,統合失調症で,健常者に比べ海馬体積が小さいことが知られているが,病理学的にはグリオーシスを伴わず,細胞構築からみた側頭葉内側部の神経細胞の異常な配列と層分布は後天的な変性というよりも胎児期の神経細胞の遊走不全,すなわち発達障害の反映であると考えられている11)。また,明らかに病的な体積変化(萎縮)と機能障害との関係を考えるのであって,健常者における海馬の大きさと性能の良さの関係には言及しない。
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