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本号において,池本氏による東日本大震災後3か月間における自殺企図症例の詳細な症例分析が提示されており,さまざまな表現型を持つストレス関連障害と自殺の関係があらためて指摘された。そして震災後4年以上経過した現在でも,関係者のメンタルヘルス問題への配慮の必要性を考察で強調されている。事実,東日本大震災の被災地において,最近になり自殺が増加しているというデータが報告され,また放射能汚染によって引き起こされる独特な“あいまいな喪失体験”というストレスが明らかにされ,被災直後とは異なるさまざまな社会的問題が形を変えながら被災地の人々に未だにストレスを与え続け,不安,抑うつ,依存をはじめとしたメンタルヘルスの変調が潜在的にかなり存在していると思われる。
自殺をはじめとしたメンタルヘルス問題の予防にはストレスチェックや早期徴候スクリーニングが必須である。本号の巻頭言では井上氏によって職場のストレスチェック制度の意義,研究と報告では太田氏らによる中学生を対象としたこころの健康早期支援事業の報告,三宅氏らによる大学生に摂食障害スクリーニングと,自殺や精神疾患の一次予防,二次予防に関連した論文が並ぶ。ところで,この10数年で精神疾患(特に精神病)のハイリスク研究が世界的に盛んになり多くの知見が積み重ねられてきた。今や根拠に基づいた早期介入が現実的に可能になってきており,そうした取り組みの結果が次々に公表されている。経験的な知見に基づき,かつ柔軟で包括的な早期介入アプローチのモデル化も見えてきた。ただし,これまでの成果は謙虚なもので,まだまだ目を見張るようなものとはいえず,精神疾患の一次予防,二次予防の難しさをあらためて痛感させられる。一部ではそうした困難さに対して予防への悲観論が懐疑主義を招き,“実用主義”と称して予防を切り捨てようとする向きもある。しかし,不完全な知見からより完全に近いものに一歩一歩近づけようとすることが,尊重すべき科学的態度である。
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