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心機能の亢進はいわゆる古典的に“fight andflight”の状態で起こることはよく知られたことであり,実際心臓は交感神経,副交感神経および副腎髄質から放出されるカテコラミンの調節を受け,これに応答している.したがって,摘出した心臓の灌流に初めて成功したLangendorff法は内因性の変力,変時作用を司る“cellularmachinery”の存在を示唆した画期的な出来事といえる.Langendorff法は単純に大動脈から逆行性に心臓を灌流するものであるが,本法の成功の裏には灌流液を考案したRingerやKrebsら先駆者達の卓越したideaと努力があることは言うまでもない.1968年,米国の生理学者J.R.NeelyとH.E.Morganはこの逆行性の灌流を順行性灌流にするため肺静脈をカニュレーションし,いわゆるworking heart法に成功した.これは心臓の灌流の歴史の中で第2のエポックであり,以後多くの施設でworking heart法が用いられ,心臓の機能と代謝の研究に多大な発展をもたらした.Prof.Neelyは若い頃ガラス工場で働き(今や伝説となったが,この時の技術が後のwork—ing heartに生かされたことはあまり知られていない),その後苦学して大学に入った後,早くからその才能をMorganに見いだされ,30代で教授になったAmerican dreamの一人であった.しかし,残念ながら46歳の若さで心筋梗塞でこの世を去ったのである.
さて,working heart法の出現で生理的な灌流が可能になったばかりでなく,前負荷,後負荷の調節や虚血,hypoxia,anoxiaなどの病的状態の作成も自由自在となった.しかし,なぜ摘出心臓は拍動するのか,これについての明確な答えはこれまで得られていなかった.除神経したラットの心臓が拍動することやヒトの移植心臓も適切な心機能を維持出来ることからも心筋には内因性のadrenergic systemが存在する可能性はあったが,これを立証することは容易ではなかった.ところが,最近Huangらはラットおよびヒト心筋細胞にカテコラミンを分泌するいわゆるintrin—sic cardiac adrenergic(ICA)cellの存在を明らかにした.これによるとICA cellから分解されるエピネフリン,ノルエピネフリンおよびドパミンは各々の全体の18%,13%,16%であることが確認され,また,βブロッカーを投与すると心拍数は58%減少したという.更に,カテコラミン合成酵素であるtyrosine hydroxylaseとneuron—specific enolaseの抗体を免疫組織的に証明した.加えてWestern blot法によってICA cellにおけるカテコラミン合成酵素のmRNAも観察された.この研究によってこれまで不明であった心臓由来のadrenergic paracrine signalling systemの存在が明らかになったのである.これは単に一つの発見にとどまらず心臓の内分泌器官としての重要性を示す第3のエポックになるであろう.
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