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はじめに
がん治療において,細胞増殖にかかわるメカニズムを標的とした分子標的薬の登場は,がん化学療法のパラダイムシフトをもたらし,がん患者の予後を改善してきた.しかし,標的分子が明確であるはずの分子標的薬によって心不全や虚血性心疾患,高血圧などの心毒性(心血管系合併症)が惹起される症例を少なからず経験する.分子標的薬が本来の標的(on-target)とは異なる別の分子(off-target)を阻害あるいは活性化して出現する毒性,あるいはがん組織以外の臓器への毒性について不明な点が多い1).一方,分子標的薬が示す心毒性の病態や機序の詳細な解析は,循環器領域に新たな発見をもたらす可能性もある.
心不全は正常な心臓のポンプ機能が障害され,全身の臓器に十分な血液を供給できない複雑な病態であり,先進国における代表的死因の一つである.高血圧や弁膜症,心筋梗塞といった心血管疾患による病的刺激を受けた状態では,初期には心臓は心肥大や拡張といった代償機構によってそのポンプ機能を保持する.しかし,病的負荷が遷延すると,心室の収縮能は徐々に低下する.この心肥大から心不全へ移行する分子メカニズムについては多くの研究がなされてきた2).これまで①胎児型遺伝子プログラムの再利用と成体型遺伝子発現の減少3),②興奮収縮連関に重要な細胞内Ca2+ハンドリングに関与する遺伝子の変化4),③細胞死5),④細胞外マトリックスの変化6,7),⑤酸化ストレス8),⑥心筋細胞のエネルギー代謝の変化9),⑦交感神経系やアンジオテンシンⅡなどの神経体液性因子の過剰な活性化10),⑧炎症性サイトカインや増殖因子の関与11〜13),⑨遺伝子変異やエピジェネティックの変化14)などが心不全の発症に関与することが明らかにされてきた15).最近,心筋の虚血・低酸素や血管内皮細胞と心筋細胞のクロストークが心臓の機能維持に重要な役割を果たしていることが明らかになった.これらの機序は,がんに対する分子標的薬が標的とするVEGFシグナルやEGFR/HER2シグナルに関連しているため,分子標的薬によって心臓が直接影響を受ける可能性も示唆している.ここでは,新しい心不全の分子メカニズムを概説し,抗がん剤による薬剤性心筋症の発症メカニズムについて考察してみたい.
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