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はじめに
1.手術経験数と臨床成績の関連
冠動脈バイパス手術(CABG;coronary artery bypass grafting)とは,冠動脈狭窄に起因する心筋虚血に対し,大動脈あるいはその分枝と冠動脈狭窄末梢との間に代替血管(graft vessel)によるバイパス路を作成することにより虚血領域の血流改善をはかろうとする手術である.Off-pump CABG(OPCAB)は,従来のCABG(On-Pump CABG)が人工心肺を使用し心停止液による心停止下に行われるのに対し,人工心肺を用いず,自己の心拍動で循環を維持しながら行うCABGである1).安全に心臓外科手術を遂行するためには,術者の経験が重要とされている.施設ごとの症例数が多いほど,その施設の外科医は経験を積むことができるため,その結果治療成績が良好ではないか,との仮説を検証する研究がなされている.Dimickらは1997年の米国大腸癌20,862症例に対して,施設症例数とmortalityの関係を調査し,症例数の多い施設ほどmortalityが低いことを示している2).Welkeらは2009年に2002〜2006年の米国胸部外科学会先天性心疾患32,413症例に対して研究を行い,施設症例数と困難症例の比率について正の相関性があることを言及している3).術者の執刀症例数,スキル,および成績の関連については,近年,研究が加速している.2013年,BirkmeyerらはBariatricの腹腔鏡下手術において,20名の執刀医をスキルレベルに応じて3段階に分類したうえで,最高ランクと最低ランクの比較では全合併症,手術合併症いずれにおいても約3倍の差異があることをNEJMに報告している4).
2.シミュレータを活用したトレーニングの効率化
米国では一般外科と心臓血管外科までを6年間で統合的にトレーニングするI-6 CT Surgical Residency Programが始まっており5),時間的制約のなかで効率的に若手外科医を育成するため,新たな教育カリキュラムの確立に向けて活発な議論が続けられている5).その鍵として,シミュレータ(Dry Lab)の活用が重要であると示されている.従来のWet Labには衛生面,倫理面,およびコスト面の問題がある.よってさらに学習曲線(ラーニングカーブ)を急峻にするためには,言い換えれば,訓練期間を短縮するにはWet Labのみでは限界があるとされている.そこでシミュレータの積極的活用が始まっている5).トレーニング効果を最大化するためには,Dry Labの特性を理解したうえでこれを用いなければならない.Dry Labはシミュレータ本体のハードとしての性能と,教育コンテンツ(テキスト,動画など)や手技評価方法などのソフトとしての性能の適切な組み合わせが重要である.米国ではJoint Council on Thoracic Surgery Education(JCTSE)が2012年に設立され,胸部外科領域におけるDry Labについて,ハードとソフトの両面から述べた具体的なガイドラインを公開しており,結紮などの基礎手技から末梢側吻合などの専門的手技まで網羅的に記述している6).特にCABG,OPCABで遠隔成績に影響を及ぼす良好な開存性を得るための吻合スキルをDry Labにおいて評価するためには,OSATS(Objective Structured Assessment of Technical Skills)が用いられている.OSATSは,複合的外科手技を視野展開や糸捌きなどの技能要素に分解し,5段階スケールで評価するスコアシートである7,8).
3.血管吻合手技における定量評価の試み
血管吻合手技については,OSATSのようなスコアシートを用いた定量化の試みが続けられているが,トレーニングにおいて吻合の出来映えを定量的(工学的)に評価した研究は少ない.臨床においてはVeriQ®やNovadaq Technologies Inc.製のSPYTM Systemを用いた術中の血流評価が実用化されているが9),日常的トレーニングへの使用は想定されておらず,また内部形態データを定量的に取得できるものとはなっていない.そこでDry Labに特化した吻合部の形態的評価,および機能的評価を実現するため,マイクロフォーカスX線CTと数値流体解析(CFD;computational fluid dynamics)を用いた研究を筆者は進めてきた.本評価手法を用いることにより,吻合の形態と血流の関係を科学的に理解することができ,ひいては臨床成績を向上していくための留意点を明確にしていけるものと考えている.トレーニングにおいては,OSATSのような半定量的評価手法と併用することで,効果性と効率性の向上が期待できる.本稿では,吻合の質を評価する定量的評価指標の一つとして吻合部血流のエネルギー損失値に着目し,吻合部形態との関係について述べる.
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