天地人
ヴェネツィアから…
聖
pp.2759
発行日 1984年12月10日
Published Date 1984/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402219553
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運河沿いに石甃の路が続く.トランクのキャスターの回転する金属音が,まだ静まりかえっている水面に吸い込まれる.船べりを寄せ合って舫ってあるゴンドラの舳先が僅かに揺れている.人通りは無い.ボートの行き交いもまだ見られない.薄暁であった.ヴェネツィア--沈みつつある光と影の水都をあとにして,マルコポーロ空港からジュネーブに向けて発つ.一人旅であった.
トランクの中には少女のブロンズ像やヴェネツィアガラスが収まっている.少女像のひとつはフォーロ・ロマーノに近い古びた店の奥の棚にひっそりと置いてあった.ひとつはフィレンツェを貫くアルノ河のほとりの美術彫刻店に,沢山の大理石像に囲まれて飾ってあった.フィレンツェ近郊に住む彫刻家の作品である.石造りの橋上に商店が庇を並べているポンテ・ヴェッキオ橋が近くに眺められる店であった.橋は14世紀に建造されている.ベルナルド・ベロットが1742年に描いて,現在,ボストン美術館に収蔵されている"ヴェッキオ橋の景観"とほとんど変るところはない.おそらく当時も,ここを訪れた人達にとって,魅力を秘めた場所であったのではなかろうか.
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