天地人
嘘かまことか
聖
pp.355
発行日 1982年2月10日
Published Date 1982/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402217650
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誠心誠意嘘をつく……とは,いまは亡き二科会の領袖,東郷青児の言であったように思う.誠心誠意嘘で固めて女性を惑わし,誠意をもって嘘をついて別れる.既に交際の始まるときから別れを予想し,真心こめて嘘をついていくのが東郷式交際術,操縦術で,別れた後も,あまり恨まれることは無かったと聞いている.
以前,私は一度だけ東郷氏に会ったことがある.といっても,面識があってのことではない.二科展の際に,私がかつて師事したことのある二科会の理事の清水刀根氏を上野の都美術館に訪ねた折,事務所にいた1人の偉丈夫が,「おーい,刀根,刀根さんはどこにいる」と,あちこち探し回ってくれたのだが,その人物が東郷青児であった.毀誉褒貶相半ばする画家であったが,戦後逸速く二科会を再建し,今日の基礎を築いた功績は大きい.誠心誠意嘘を……というのは,実はその嘘がいつかは真実となるものであったのかもしれない.嘘から出た実ともいう.ところで,氏の画業が近頃再び評価されてきているという.
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