連載 米国の知的障害者サービスと脱施設化に学ぶ—わが国の痴呆性高齢者対策への警鐘・2
わが国の痴呆性高齢者問題と米国の知的障害者問題との接点(下)
武田 則昭
1
,
八巻 純
2
,
M. P. Janicki
3,4
,
T. Heller
2,4
,
末光 茂
1
,
江草 安彦
1
1川崎医療福祉大学医療福祉字部医療福祉学科
2University of Illinois at Chicago, College of Applied Health Sciences, Department of Disability and Human Development
3University at Albany, Center on Intellectual Disabilities,
4University of Illinois at Chicago, College of Applied Health Sciences, Department of Disability and Human Development PRTC-ADD
pp.869-872
発行日 2002年11月15日
Published Date 2002/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401902863
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知的障害者(問題)と痴呆性高齢者(問題)の共通点と相違点
知的障害者と痴呆性高齢者は言うまでもなく全く異なるものである.しかし,両者を人間環境生態学的視点で捉えると,共通点でくくることができる.1つには知的障害者と痴呆性高齢者はそれぞれ知的障害,高齢・痴呆症を有した当事者であること,もう1つには社会環境(米国と日本の違いを除く)における位置づけが同じであることなどである.もちろん,知的障害あるいは高齢・痴呆症がなければ当事者は存在しないことになる.そして知的障害,高齢・痴呆症を有する当事者がいなければ,当事者,その当事者を介護する家族・介護者(場合によっては後見人)がいる生活環境,社会環境は存在しないことになる.
当事者は障害や高齢・痴呆症とともに生き,家族・介護者(場合によっては後見人)の援助,その日常生活環境(家庭・施設等)の中で生活をしている.当事者,家族,その生活環境は社会環境の1つをなし,それらは自然・物理的環境,社会,経済,文化,慣習との相互関連性を有する.見方を変えれば,当事者の存在自体が社会に影響を与え,また,その影響が社会環境を変えるといったように,すべての存在が相互に影響し合いながら,環境,時代,歴史を形成している.
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