沈思黙考
災害時の遺体処置に尊厳を
林 謙治
1
1国立保健医療科学院
pp.297
発行日 2012年4月15日
Published Date 2012/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401102404
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震災から10か月経った現在,私の脳裏に浮かぶ情景は,あの津波が来襲したテレビ画面よりもむしろ,自衛隊の隊員が多くの死者を仮埋葬している姿のほうである.遺体を土葬に付したのは,ひとつには火葬場の設備・機能が追いつかなかったこともあっただろうが,遺体の同定ができなかったためだと言われている.現在日本の火葬場での処理は,衛生管理の面から強い火力が用いられており,骨髄まで灰化してしまうので,火葬後の個人同定が不可能になる.数年前に北朝鮮から以前拉致された方のものと称する遺骨が日本側に引き渡されたが,日本側の鑑定結果,別人のものと判明した.完全に灰化しなかった骨髄が残ったからである.
埋葬に係わった関係者によれば,現場の作業者として自衛隊員のみならず,医師でさえこれほど大量の遺体処置に短期間のうちに立ち会った経験がなく,精神的ストレスは言い知れぬほど大きなものであったと言う.確かに遺体の同定をきちっとできなければ,法的には行方不明者と同じ扱いになり一定期間ののち,推定死亡者としてその後の手続きが行われる.その間遺産相続,生命保険等の処理に手間取ることは間違いない.しかしながら,遺体同定の遅延は単に経済的な問題に止まらず,遺族の精神的な問題にも大きな影響を及ぼす.報道によく見るように,行方不明者の遺体が同定されたとき,家族は「これでホッとした」とか「これで心の区切りがついた」とインタビューに答えているように一応の安堵感を示し,将来の生活への決意を新たにしている.逆に行方不明者を抱えた家族は,中途半端の気持ちで悲しみを引きずることになる.
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