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編集後記
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pp.858
発行日 2025年8月10日
Published Date 2025/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.038698220530080858
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渋谷区立松濤美術館にて開催された「セーブル展」に行ってきました.セーブルはルイ15世の寵姫ポンパドゥール侯爵夫人が発展させた陶磁器の窯として知られ,ロココの象徴であるポンパドゥール・ピンクや水色で彩られた意匠には砂糖菓子のような愛らしさと華やかさがあります.“寵姫”(公認の側室)という職位は現代の常識ではなかなか理解しにくいものですが,当時の宮廷文化の中心人物であり,知性と教養と社交術のほか,政治上も優れたバランス感覚が求められる役職だったようです.ことにポンパドゥール侯爵夫人を今様に評すれば,“重課金の英才教育を施された,地頭とセンスのものすごく良いインフルエンサー”とすることもできるでしょうか.
さて,展覧会で特に私の目を惹いたものは,ポンパドゥール侯爵夫人が病床で愛用したというソケットソーサー付きティーカップです.白地に赤い絵が施された,セーブル窯初期の素朴そのもののセットですが,若くして結核に罹患した夫人が病床で使用できるよう,カップが倒れづらい仕様になっており,実用性と愛らしさとが絶妙なバランスで成立しています.病を得ても自分らしく洗練された生活を維持したい夫人の高い美意識と,それを叶えるセーブルの職人の技が融合した一品で,後世の装飾性を極限まで追求したティーセットとは一線を画す,暖かな存在感を放っていました.

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