胸部外科 78巻11号 (2025年10月発行)

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今月の話題

骨付き有茎法で剝離採取した左内胸動脈を用いた冠状動脈バイパス術盛島　裕次 , 小泉　景星 , 新垣　勝也 , 國吉　幸男 78巻11号 , 2025年10月 , pp.907-912

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冠状動脈バイパス術（CABG）においては，ほとんどの症例で左前下行枝（LAD）へのバイパスグラフトは内胸動脈（ITA）が使用されており，一般的な剝離デバイスにより問題なく剝離採取されている．しかし，ごくまれにITA剝離採取が困難な症例に遭遇することがある．われわれは左内胸動脈（LITA）が肋骨・肋軟骨に強固に癒着し，通常のデバイスでは剝離困難であったため，「骨付き有茎法」でLITAを剝離採取し，LADへのバイパスに使用したCABG 3例を経験したので報告する．

急性大動脈解離術後に吻合部内フェルト反転により生じた溶血性貧血西　俊彦 , 寺本　慎男 , 山﨑　武則 78巻11号 , 2025年10月 , pp.913-916

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Stanford A型急性大動脈解離には救命のために緊急手術が必須であるが，その大動脈断端形成時には血管壁が脆弱で易出血性であり，さまざまな補強方法が選択されている1〜3）．われわれは2003年より大動脈壁の内外にフェルトを当てて補強し，断端形成を行っているが，内フェルトの内反により溶血性貧血を発症し修復術を行った2例を経験した．その経験をふまえて断端形成のフェルト内の縫合線の位置に注意した結果，以降同様の合併症は起こっていない．われわれの経験を報告する．

地方公立基幹病院における医師の働き方改革に向けた取り組み副島　康平 , 松岡　英仁 78巻11号 , 2025年10月 , pp.917-921

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2024年4月から医師の働き方改革が始まった．長時間労働の改善が求められている一方，医療の質と安全の担保もまた重要である．当院は呼吸器外科常勤医師2名体制の公立基幹病院であり，本稿では限られた人員の中で遂行している，働き方改革に関する三つの取り組みを報告する．

まい・てくにっく

左肺癌での#7郭清のコツ浦本　秀隆 , 大出　泰久 78巻11号 , 2025年10月 , pp.922-923

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左肺癌における#7リンパ節郭清は右より難易度が高い．その理由は下行大動脈の存在である．右側の#7リンパ節郭清と同じく，まず迷走神経を同定し，剝離・テーピングする（図1）．郭清範囲の上縁は気管分岐部，足側はV6の上縁（『肺癌取扱い規約』上は左下葉気管支の上縁），奥側は食道と右主気管支の壁である．右側の場合はもっとも深い箇所，すなわち食道の壁をみつつ奥を先行して剝離し，左主気管支の壁で戻ってくるように最深部から郭清を開始するが，左側では下行大動脈，食道と背側の郭清範囲の壁が2段であることや，下縦隔スペースの症例ごとの個人差が大きいことから，手前から開始することが多い．その一方で，ある程度剝離して把持する組織を剝離したら後方に回り，迷走神経の腹側に存在する気管支動脈を制御する．再度，左主気管支の下縁から分岐部に向かって剝離する．リンパ節を直接把持しないように肺動脈の周囲の組織やリンパ節周囲の組織を把持し，手前に適度に牽引しつつ（この適度な牽引という表現がむずかしい．組織が引き抜けたりしないギリギリの強さで十分牽引し，同時に十分な術野が広げられ，対象とした組織に程よい緊張がかかるという意味である），Metzenbaum剪刀で剝離した後に切離する．

手術の工夫

巨大成熟縦隔奇形腫に対する小開胸併用鏡視下手術坂口　俊樹 , 松本　勲 , 髙山　恭滉 , 西川　悟司 , 和田　崇志 , 齋藤　大輔 , 懸川　誠一 78巻11号 , 2025年10月 , pp.924-928

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縦隔奇形腫は縦隔胚細胞性腫瘍の中で約15％を占めるもっとも多い腫瘍である．巨大前縦隔奇形腫は胸骨正中切開や側方大開胸， clamshell開胸などを必要とすることが多い．われわれは若年女性の左胸腔の大部分を占拠する巨大成熟奇形腫に対して，前胸部を避けた側方小開胸アプローチでの鏡視下縦隔腫瘍摘出術を施行した1例を経験したので報告する．

臨床経験

全大動脈置換術後に大動脈関連遺伝子検査を施行したMarfan症候群古暮　洸太 , 布川　雅雄 , 稲葉　雄亮 , 高橋　雄 , 池添　亨 , 峯岸　祥人 , 伊佐治　寿彦 , 遠藤　英仁 , 細井　温 , 窪田　博 78巻11号 , 2025年10月 , pp.929-932

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近年，遺伝子解析技術が進歩し，大動脈関連遺伝子の存在が明らかとなってきている．本邦でも大動脈関連遺伝子検査が保険償還され，以前より身近な検査となった．

Frozen elephant trunk施行後脊髄障害を合併したStanford A型急性大動脈解離緑川　博文 , 植野　恭平 , 滝浪　学 , 新妻　健 , 堀田　明敬 , 菅野　恵 , 高野　隆志 78巻11号 , 2025年10月 , pp.933-936

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Stanford A型急性大動脈解離（ATAAD）に対するfrozen elephant trunk（FET）併用全弓部置換術（TAR）は，偽腔血栓化およびremodelingを促進し長期成績向上に寄与するとの報告1）や，FET施行にあたりいまだ解決されていない脊髄障害（SCI）合併に関しても真性瘤に比しATAADでは少ないとの報告2）もなされている．一方，解離形態によってはSCI合併のリスクがあるとの報告3）もある．われわれはATAADに対しFET併用TAR術後にSCIを合併した2例を経験したので，若干の文献的考察も加え報告する．

症例

大動脈四尖弁に対して低侵襲大動脈弁置換術を施行した1例豊田　真寿 , 藤岡　俊一郎 , 贄　正基 , 小原　邦義 , 榊　健司朗 78巻11号 , 2025年10月 , pp.937-939

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はじめに　われわれは大動脈四尖弁を伴う大動脈弁狭窄症兼閉鎖不全症に対して生体弁（23 mm）による胸腔鏡下大動脈弁置換術［低侵襲心臓手術（MICS）-大動脈弁置換術（AVR）］を行った．AVRは右前胸部を小切開し，胸腔鏡下で行った．患者は術後経過良好で術後16日目に退院した．四尖弁はまれであり，さらにMICS-AVRを行った報告は非常に少ないため報告する．

左下大静脈半奇静脈結合を伴う肝下部下大静脈欠損の成人患者における僧帽弁形成術の1例大西　義彦 , 笹原　聡豊 , 柴田　講 , 贄　正基 , 小原　邦義 78巻11号 , 2025年10月 , pp.940-943

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はじめに　下大静脈（IVC）の先天性異常は，CTの発展により報告される頻度が増えてきている．われわれは肝下部IVC欠損，hemiazygos continuationを伴う左側IVCと冠状静脈洞に流入する左側上大静脈（PLSVC）を認める僧帽弁閉鎖不全症（MR）患者に僧帽弁形成術を施行した1例を経験したので報告する．

右室に進展した血管内平滑筋腫の1例比企　穂乃佳 , 堀越　崚平 , 阿久津　博彦 , 村岡　新 , 川人　宏次 78巻11号 , 2025年10月 , pp.944-947

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はじめに　静脈内平滑筋腫症（intravenous leiomyomatosis：IVL）は子宮に好発するまれな平滑筋腫である．静脈腔内での平滑筋細胞の増殖を特徴とし，組織学的には良性腫瘍に分類されるが，腸骨静脈，卵巣静脈，腎静脈を経由して下大静脈（inferior vena cava：IVC）から右房，右室，肺動脈に進展することがある1～3）．われわれは子宮平滑筋腫症手術の11年後に局所再発腫瘍が右室へ進展し，三尖弁嵌頓のため急性右心不全を呈したIVL例に対し，二期的手術を行い救命したので報告する．

心膜剝皮術後の難治性心囊液貯留に対し心囊腹腔開窓術が奏効した1例植村　翼 , 松本　和久 , 上田　英昭 , 寺園　和哉 , 豊川　建二 , 白桃　雄太 , 永冨　脩二 , 川津　祥和 , 向原　公介 , 曽我　欣治 78巻11号 , 2025年10月 , pp.949-953

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はじめに　開心術後に心囊液や胸水の貯留が持続し管理に難渋することがあり，心膜切開後症候群と呼ばれる．その頻度は10～30％とされている1）．胸痛，発熱，咳嗽，ドレーン長期留置に伴う感染リスク，また重症例では心タンポナーデをきたしうることが問題点となる1～3）．一方，収縮性心膜炎の術後，心囊液貯留が持続し心囊腹腔開窓術を施行した報告はない．われわれは収縮性心膜炎に対する心膜剝皮術後に，難治性の心囊液貯留に対する剣状突起下アプローチでの心囊腹腔開窓術が有効であった1例を経験したので，文献的考察を加えて報告する．

ペースメーカ留置後にリード穿孔により左内胸動脈損傷をきたした1例越江　裕基 , 森元　博信 , 原田　崇史 , 二神　大介 , 片山　桂次郎 , 向井　省吾 78巻11号 , 2025年10月 , pp.955-958

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はじめに　ペースメーカリードによる穿孔は生命にかかわる重大な合併症である．その多くは心臓単独の損傷であり，隣接臓器に障害が及ぶことはまれである．ペースメーカ植込みの翌日に突然血圧が低下しショックとなり，CTで左内胸動脈からの出血による前縦隔血腫を認め，リード先行による出血と考え緊急手術を行い救命しえた1例を経験したので報告する．

右房内巨大浮遊血栓の1例三浦　拓也 , 横田　翔平 , 柳原　貫太郎 , 角谷　明洋 , 岸本　憲明 , 尾藤　康行 , 阪口　正則 , 青山　孝信 78巻11号 , 2025年10月 , pp.959-962

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はじめに　肺血栓塞栓症を伴う右房内浮遊血栓は予後がわるいにもかかわらず，明確な治療方法は確立されていない．われわれは肺血栓塞栓症を合併した右房内巨大浮遊血栓に対して右房内血栓を外科的に摘除し，肺血栓塞栓症に対しては抗凝固療法を行うことで良好な経過を得た1例を経験したので報告する．

初診時に気胸と診断された特発性食道破裂の1例中島　拓也 , 木村　文平 , 小林　裕司 , 松本　麻衣 , 宮澤　可奈子 , 戸田　匠 , 新堰　佳世子 , 若田　光男 , 中本　壽宏 , 高橋　雅哉 78巻11号 , 2025年10月 , pp.966-969

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はじめに　特発性食道破裂は初診時の正診率が低く，診断・治療の遅れが予後を悪化させるといわれている．発症までの経過と症状は特徴的であるが，気胸や胸膜炎などとの鑑別が問題となる．初診時に気胸と診断され，発症から24時間以上経過して手術を行った特発性食道破裂の症例を経験したので報告する．

右上葉切除後にブラが出現し破裂したことで著明な気漏を生じた1例木村　賢司 , 久佐　一之介 78巻11号 , 2025年10月 , pp.971-973

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はじめに　高齢者の肺気腫に伴う気胸は難治性である．われわれは，右上葉切除後に術前に認めなかった新規ブラが下葉に出現し，破裂したことで著明な気漏を生じた症例を経験したので報告する．

血小板減少症を伴う骨髄線維症を有する肺癌に対し胸腔鏡下肺部分切除術を施行した1例土井　貴司 , 髙橋　朋宏 , 磯野　友美 , 伊東　良太 78巻11号 , 2025年10月 , pp.974-977

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はじめに　手術リスクを有する症例には周術期の管理が重要である．血小板減少症と骨髄線維症を伴う肺腺癌の症例に対して，血小板輸血を行いながら安全に肺部分切除術を施行できたので報告する．

腹部臓器固定術を併施した胸腹併用鏡視下横隔膜弛緩症手術の1例石田　順造 , 勝谷　亮太郎 , 佐藤　惠雄 78巻11号 , 2025年10月 , pp.978-982

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はじめに　横隔膜弛緩症の手術適応に関しては明確な基準が定められておらず，一般に無症状の場合は経過観察でよいとされている．有症状の場合は手術が考慮されるが，呼吸不全に対する呼吸機能改善を目的とするものが多い．われわれは横隔膜弛緩症に伴う上部消化器症状の改善を目的として胸腹併用鏡視下手術を行い，良好な経過を得たので報告する．

１枚のシェーマ

すべての大静脈が左側心房に還流していた症例市川　肇 78巻11号 , 2025年10月 , pp.948

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印象に残っている症例は，左側相同（多脾症）の赤ちゃんでチアノーゼは強いもののバランスのとれた心室であった．私が独り立ちして手術を始めたころ，まだ心内構造をCT診断などできない時代であった．外見は心耳の形態以外ほぼまともであったが，心停止し上大静脈（SVC），下大静脈（IVC）をスネアして右房を開けるとのっぺらぼうの中隔が出てきて，上下から血液が染み出してくる部分に鉗子を突っ込むとその向こうには広い空間があり，思い切って上から下まで縦に切開すると左側心房のかなり向こうにSVC，IVC，そしてむしろ右寄りの肺静脈を確認した．図1のような自己心膜で血流転換（逆Mustardのような）手術を行った．幸い洞機能不全にもならず，今も元気にしているはずである．今なら3D模型をつくっていたであろう．術前のエコーを見直しても通常の位置（少し左側？）にIVCが還流しているようにみえた．

胸部外科女性医師のつぶやき

“Just keep going!” 寺澤　幸枝 78巻11号 , 2025年10月 , pp.954

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50歳台に乗っかり誤魔化せない顔の年輪や貫禄も出てきているつもりだが，時に外来患者さんからかけて頂くこんな言葉に率直には喜べないもどかしさがある．「先生も心臓の手術やってるのー？　すごいねー」と．もちろんその場では笑顔でお応えする．しかし，同世代の男性医師にこの言葉がかかることが想像できるだろうか．否．おそらく多くの女性外科医が，前述のような言葉をかけられた経験があるに違いない．胸部外科を含む医療業界においては，かつては男女共同参画，近年はダイバーシティという考え方のもとに意識改革が進んできているようだが，まだ一般社会の意識においては「色メガネ」を通しての判断が成り立っているようである．この「色メガネ」の色が薄くなってくるのには，まだまだ時間がかかりそうか…．

連載　未来の専門医を育てる！

北河内で呼吸器外科専門医を育成する―関西医科大学の取り組み村川　知弘 78巻11号 , 2025年10月 , pp.963-965

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日本専門医機構のホームページ（https://jmsb.or.jp/）には大きく，“日本専門医機構が認定する「専門医」とは，それぞれの診療領域における適切な教育を受けて，十分な知識・経験を持ち患者から信頼される標準的な医療を提供できるとともに先端的な医療を理解し情報を提供できる医師と定義されます”と表記されている．日本専門医機構の制度設計は発展途上と思われるが，めざす理念についてはどの専門領域に関しても上記内容ですでに必要十分条件を満たしていると考えられる．呼吸器外科に限らず専門医を育てるということは，教育する側は「適切な教育」「十分な知識」「十分な経験」を提供し続けなければならないということと理解される．

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Contents 78巻11号 , 2025年10月 , pp.905

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編集メモ 78巻11号 , 2025年10月 , pp.984

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目次 78巻11号 , 2025年10月

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胸部外科医の散歩道

気管支鏡の修練と医工連携池田　徳彦 78巻11号 , 2025年10月 , pp.970

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私の外科医生活は1986年に始まり，現在までの約40年間で大きな創での手術がいつの間にか胸腔鏡手術，ロボット支援手術と変容しました．常に修得すべき新規技術を追ってきた気がします．悪性腫瘍の薬物療法も画一的な化学療法レジメンからゲノム解析，分子標的治療，免疫チェックポイント阻害薬の開発により個別化治療が日常臨床となりました．薬剤も次々に登場し，すでに覚えきれなくなっています．

基本情報

胸部外科
78巻11号
(2025年10月発行)

電子版ISSN：2432-9436 印刷版ISSN：0021-5252 南江堂

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