胃と腸 45巻13号 (2010年12月)

今月の主題 遺伝性消化管疾患の特徴と長期経過

序説

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 遺伝性を有する消化管疾患として,遺伝性ポリポーシス症候群(hereditary polyposis syndromes ; HPS)と遺伝性非ポリポーシス大腸癌(hereditary non-polyposis colorectal cancer ; HNPCC)がよく知られている(Table 1).前者は組織学的に腺腫性,過誤腫性,過形成性の3種類に分類されるが,臨床的には家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis ; FAP)が最も重要である.FAP以外の腺腫性ポリポーシスとして,MYH(mutY homolog)関連大腸腺腫症(MYH-associated polyposis ; MAP)やTurcot症候群が挙げられる.過誤腫性ポリポーシスには,Peutz-Jeghers症候群,Cowden病,若年性ポリポーシスが含まれるが,近年,結節性硬化症もこの疾患群に包含されている.また,極めてまれではあるが,過形成性ポリポーシスが家族内に集積する病態も報告されており,家族性過形成性ポリポーシス(familial hyperplastic polyposis)と呼ばれている.

 一方,HNPCCはLynch症候群とも呼称され,若年発症,右側大腸癌,大腸多発癌,多臓器重複癌を臨床的特徴とする遺伝性疾患である.そのほか,HPSにもHNPCCにも包含されない遺伝性消化管疾患として,Blue-Rubber-Bleb-Nevus症候群,Rendu-Osler-Weber病,家族性消化管腫瘍などが知られている.

主題

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要旨 遺伝性消化管腫瘍は常染色体性優性遺伝形式が多く,その場合発端者の子孫は50%のリスクを有する.遺伝子検査を用いた発症前診断が行われるならば癌の早期診断が徹底され,癌対策上大きく貢献することが期待される.しかし,遺伝的異質性が存在するので,遺伝子検査は鑑別診断としても力を発揮する.疾患と癌関連遺伝子の特徴と特殊性を十分把握し,遺伝子検査を癌診療向上のために活用する必要がある.

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要旨 自験家族性大腸腺腫症(FAP)91例の診断時消化管徴候,および長期経過観察中における消化管病変の推移と悪性腫瘍を遡及的に検討し,APC遺伝子型と対比した.その結果,密生型大腸腺腫症,十二指腸非乳頭部腺腫が3´側変異群に高率に発生しており,遺伝子型と臨床徴候の関係が示唆された.一方,3´側変異群で胃腺腫と残存直腸腺腫の進行例が多かった.また,大腸癌以外の悪性腫瘍として,3´側変異群で肝細胞芽腫と致死的デスモイドがみられたが,そのほかの悪性腫瘍は3群で有意差なくほぼ均等に発生していた.以上より,FAPにおいて臨床徴候と腸管病変の推移はAPCの遺伝子型の影響を受けるが,本症の長期管理では遺伝子型に関係なく全身のサーベイランスが必要と考えられた.

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要旨 家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis ; FAP)は大腸に腺腫が多発する常染色体優性遺伝疾患である.若年での発癌につながりadenoma carcinoma sequenceの発癌経路を代表する疾患である.しかし,一方で古くから陥凹型早期癌が発生することも知られているにもかかわらず,実際にその頻度がどの程度であるのかについて言及されたものは極めて少ない.陥凹型腫瘍はその生物学的悪性度は高いと考えられ,それがFAPにおいても観察されること,その頻度は決して低いものではないことを念頭に置き,拡大観察を含めた詳細な内視鏡検査による注意深い観察が不可欠であると考えられた.今後,他施設での症例の蓄積とAPCを含めた遺伝子解析が必要であると考えられた.

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要旨 本稿では,(1) FAPと腫瘍発生に対する病理学の立場からの疑問,(2) FAP関連用語と類縁疾患,(3) 大腸腫瘍の肉眼型とAPC遺伝子以外の遺伝子異常,(4) FAPと平坦陥凹型腫瘍についての文献的考察をまとめた.FAPであっても散発性大腸腺腫であってもWnt signal pathwayの異常から腺腫が発生する.腫瘍が発生したあと,どのような形態をとるかは,次の遺伝子異常へのステップが関与する.FAPにおいても平坦陥凹型腫瘍は生じる.ただし,微小,小腺腫ではなくSM癌や1cm以上の腫瘍が平坦陥凹型である頻度は,FAPにおいて非常にまれであると言える.また,FAPにおける平坦陥凹型腫瘍の定義や関与遺伝子の異常を検索する手段は文献により様々であることから,その違いを理解したうえで参考にする必要がある.

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要旨 遺伝性非ポリポーシス大腸癌(hereditary non-polyposis colorectal cancer ; HNPCC)は,ミスマッチ修復遺伝子の異常により,大腸や子宮内膜,胃,小腸,腎盂・尿管などの発癌リスクが高くなる体質である.この体質をもつ者の80%は生涯に1回以上,大腸癌を罹患する.したがって,大腸癌の早期発見および前癌病変である腺腫の摘除を目的とする大腸内視鏡検査による厳重な経過観察が必要である.HNPCCにおける経過観察のための大腸内視鏡検査の間隔は,筆者らの症例やいくつかの報告において大腸癌や腺腫の増大が早いものがあるため,1年ごとが望ましい.

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要旨 遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)と孤発性MSI陽性大腸癌の臨床病理および分子異常について述べる.両者の共通の分子異常はMSIである.HNPCCはミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞レベルの変異が原因であるが,孤発性MSI陽性大腸癌では体細胞レベルでのMLH-1のメチル化が原因とされている.MSI陽性大腸癌の共通の病理像は,右側発生,粘液癌/低分化腺癌,髄様所見,腫瘍内リンパ球浸潤(TIL)であるが,特にTILの有無が最も重要である.HNPCCと孤発性MSI陽性大腸癌との臨床病理学的鑑別も重要である.両者の最大の鑑別点は,年齢と癌の多発性の有無である.HNPCCは60歳以下(50歳以下であればほぼ確実)で癌の多発傾向があるのに対して,孤発性MSI陽性大腸癌は明らかに高齢発生(65歳以上がほとんど)である.両者の臨床病理学的所見の違いは相対的であるが,粘液癌や圧排性増殖の所見は孤発性MSI陽性大腸癌に多いとされている.HNPCCと孤発性MSI陽性大腸癌は厳密に鑑別されるべきで,両者の臨床病理学的所見と分子異常の違いを理解することが重要である.

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要旨 Peutz-Jeghers症候群の小腸ポリープは腸重積,出血,腹痛の原因となるが,近年のカプセル内視鏡(VCE),ダブルバルーン内視鏡(DBE)の開発でその診断・治療は容易となった.小腸ポリープ数の比較試験では小腸X線と比較し,VCE,DBEの検出能は優れており,さらにVCEはDBEに比し全小腸観察率が高かった.DBE下小腸ポリープ摘除は有効かつ低侵襲であった.回収したポリープの病理学的検索では20mm以下のポリープの腺腫合併率は1%,20mmを超えるポリープの腺腫・腺癌の合併率は27%と有意差があった.小腸ポリープの増殖能を規定する因子は小腸,大腸ポリープ数であったことから,ポリープ摘除後のフォローアップは小腸,大腸ポリープ数を勘案して半年~4年ごとにカプセル内視鏡で行うのがよいと思われた.

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要旨 Cowden病は皮膚・口腔粘膜の特徴的病変と消化管ポリポーシスや多臓器の腫瘍性病変を伴う遺伝性疾患である.悪性腫瘍としては乳癌,甲状腺癌の合併頻度が高く,厳重な経過観察を行い,早期発見することが肝要である.今回,比較的長期に観察しえた3例のCowden病の経過も含めてその臨床的特徴を述べた.

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要旨 過誤腫性ポリポーシスの拡大内視鏡所見を中心に概説した.Peutz-Jeghers症候群では,胃ポリープは,類円形から楕円形に拡張した腺管が比較的均一に配列している.大腸ポリープでは,類円形,楕円形,星芒状,樹枝状pitを呈し,配列も不均一で多様性を認めた.また,背景粘膜にも腺管の拡張や配列異常を認めた.若年性ポリポーシスは,やや大型の円形腺管や星芒状腺管など腺管構造の異常を認めた.Cowden病は,食道の白色扁平ポリポーシスが特徴的で,胃や大腸ポリープでは,類円形・スリット状・樹枝状など様々な形態の異常腺管を認めた.過誤腫性ポリポーシスは悪性腫瘍合併のリスクが伴い,このような拡大内視鏡をも併用した消化管検査に加え,他臓器癌のサーベイランスが重要である.

主題関連

遺伝子診療と倫理 福嶋 義光
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要旨 ゲノム情報・遺伝情報は,(1) 生涯変化しない情報(不変性),(2) 将来を予測しうる情報(予測性),(3) 血縁者も関与しうる情報(共有性)であるため,医療の世界に新たな倫理的問題が提起されており,診療の場において,遺伝情報を取り扱う場合には,遺伝カウンセリングの実施が求められる.遺伝性消化器疾患の場合,患者の確定診断は,他の血縁者の発症前診断,早期発見のためのスクリーニング検査の開始に結びつけられるものであり,積極的にその情報を血縁者に伝えるべきである.そのためには適切な遺伝カウンセリングを提供することが必要であり,遺伝子医療部門あるいは臨床遺伝専門医との連携が望まれる.

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要旨 患者は19歳,男性.小脳腫瘍(髄芽腫)手術および術後放射線療法後に鉄欠乏性貧血を認め,当科に紹介された.下部消化管内視鏡検査で大腸ポリポーシスを認め,脳腫瘍との合併からTurcot症候群と診断した.上部消化管内視鏡検査では,胃底腺ポリポーシスと,多発性十二指腸病変を認めた.髄芽腫に対する化学療法終了後に十二指腸部分切除術が施行され,十二指腸水平部の広基性隆起性病変は腺腫内癌と診断された.本邦では,1983年以降Turcot症候群として26例が報告されている.脳腫瘍より消化管癌が先行する症例が少なからず存在するため,若年者の大腸ポリポーシスを認めた際には,本疾患を念頭に置き診療に当たる必要があると考えられた.

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要旨 患者は62歳,男性.高度貧血による意識消失で来院した.上部消化管精査で十二指腸球部へ逸脱する巨大な胃隆起性病変が認められた.隆起は丈が高く非常に柔軟で,基部は広範な扁平隆起を呈していた.内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を施行した結果,高分化管状腺癌,SM1であった.隆起部では癌の内反性増殖(inverted growth)がみられ,粘膜内の腫瘍腺管が機械的刺激で生じた粘膜筋板の断裂部から粘膜下へ侵入,増殖したと推測した.

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欧文目次

編集後記 赤松 泰次
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 今回の特集は,「遺伝性消化管疾患の特徴とその長期経過」について,現在までに判明している遺伝子異常を交えながらエキスパートの先生方に執筆していただいた.中心となるのは家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis : FAP)と遺伝性非ポリポーシス大腸癌(hereditary non-polyposis colorectal cancer ; HNPCC)であるが,そのほかにも過誤腫性ポリポーシスを取り上げた.近年分子生物学的研究が進み,遺伝子診断や発症前診断が可能な時代になったが,プライバシーや倫理的な問題など多くのデリケートな課題が残されている.いずれも比較的まれな疾患ではあるが,予防的措置や定期検診を行うなどの適切な対応(臨床的介入)を行うためには,このような遺伝性消化管疾患をよく理解しておく必要がある.

 序説はこの分野では本邦の第一人者のひとりである飯田三雄先生にお願いした.遺伝性消化管疾患の特徴についてわかりやすくコンパクトに記載されており,これを読むだけで遺伝性消化管疾患の概要を理解することができる.初学者はまずこの序説を精読することを勧めたい.

基本情報

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胃と腸
45巻13号 (2010年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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