胃と腸 36巻5号 (2001年4月)

今月の主題 早期の食道胃接合部癌

序説

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 食道胃接合部癌は日本でも噴門部癌を中心としてわずかながら増加傾向にある.欧米ではBarrett食道の増加に伴い,この部の食道胃接合部の癌が極めて高い頻度で報告され,診断ならびに治療に関して議論がなされている.欧米におけるこの部の癌の増加はHelicobacter Pylori(HP)感染率が低く,逆流性食道炎に伴うBarrett上皮の頻度が高いことによると考えられる.最近わが国でも消化性潰瘍に対してHP除菌療法が行われるようになり,更に若年者ではHP感染率が低いと言われている.それに伴い今後逆流性食道炎,更にはBarrett上皮の増加,噴門部癌を始めとする食道胃接合部癌の増加も予測される.本来噴門部癌,接合部癌,食道下部腺癌は分けて論ずべきものではあるが,欧米ではこの近傍の癌はほとんどが進行した状態で発見されるため,病理学的にこれらの区別は困難であると考えられる.

 このようなことからSiewert1)は腫瘍の肉眼的位置が本来のesophagogastric junction(EGJ)から上下5cm以内に存在する癌を広義の接合部癌とし,更にEGJから食道側1cm,胃側に2cmの範囲にある癌をType 2 tumor(true carcinoma of the cardia),それ以上離れた胃癌をType 3(subcardiac cancer),食道側1cm以上離れた癌をType 1(adenocarcinoma of distal esophagus)として分類し,その臨床病理学的ならびに手術方法の検討を行っている.この中でType 2はEGJから発生した真の噴門部癌と定義し,時に食道胃接合部癌とされているとしている.しかしこれは進行癌の解析で,正確な発生部位ならびに癌の進展に伴う形態的変化の解析は困難である.また日本では本来のEGJから2cm以内の胃癌を噴門部癌として扱ってきた.病理学的にはこの部の癌は分化型腺癌が多く,また周囲の腸上皮化生が少ないなどの特徴があるとされている.しかし接合部癌を論ずるにあたって,正常に存在する噴門腺の範囲ならびにEGJ部位の定義が明らかでなく,EGJの同定は必ずしも容易ではない.狭義の食道胃接合部癌を理解するためには上記の問題を解決しなければならない.特に病理学的にはshort Barrett上皮由来の癌と噴門腺から発生した腺癌の区別を厳密に行うことが重要である.また狭義の食道胃接合部癌(Siewert,Type 2)の特徴を解析するためには,早期癌の検討が重要である.

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要旨 食道胃接合部(EGJ)の詳細な検討が可能であった日本人の食道癌手術材料142例を用い,EGJを全割し組織学的検討を行った.胃側および食道側の噴門腺の長さ,慢性胃炎,carditis,食道炎,食道扁平上皮下円柱上皮(esophageal cardiac-type glands)の管腔表面への露出(円柱上皮島)およびBarrett上皮について組織学的検討を行った.short Barrett epithelium(SBE)は50%の症例で認められ,詳細に検討を行えば従来考えられていたより多くの症例で確認できるものと考えられた.また円柱上皮島の存在する群では,存在しない群に比べ,SBEの出現が多い傾向にあり,SBEの形成に円柱上皮島が関与している可能性が示唆された.

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要旨 噴門部は噴門腺粘膜が存在する部と定義され,これは胃噴門部と食道噴門部とに分けられ,それぞれの長さは食道胃接合線(EGJ)から上下1cm以内にあった.本来の噴門腺粘膜はBarrett食道でも比較的によく保たれており,それより口側に伸びた食道噴門腺粘膜に腸上皮化生や癌が好発した.癌の中心が食道胃接合部(EGJ)の上下2cm以内にある噴門部癌とBarrett食道癌は粘液形質の点で近似しており,胃型優位がそれぞれ71%,88%にみられた.噴門部癌の定義はEGJの上下1cm以内に発生した癌と定義すべきであろう.腸型への変化は胃型形質低異型度癌の増殖帯で始まっていた.Barrett粘膜(食道)は“扁平上皮で覆われていた食道(表面)が円柱上皮で覆われた部分で,化生腸上皮の有無や円柱上皮粘膜の長さを問わない”と定義することを筆者は提唱したい.

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要旨 胃噴門部癌157例を用いてその発育進展を検討した.最大径,肉眼型,組織型,深達度,組織学的所見などを解析した.最大径2cm未満からsm癌がみられ,3cm未満ではss癌,4cm未満でse癌が出現した.組織型は早期癌では高分化型が多く,進行癌では低分化型が多かった.低分化型早期癌は極めて少なかった.隆起型では高分化型が主で,Ⅱc型はいずれの組織型ともみられたが,低分化型Ⅱcの多くは早期癌類似進行癌であった.解析の結果噴門部癌は,①早期癌と進行癌での低分化型癌の比率の逆転が他部位より顕著にみられ,②複合型癌が多く,③小型の進行癌が多く,④細胞異型が高い,という特徴がみられた.噴門部癌の多くは高分化型癌として発生するが異型度が高く,早期から低分化成分が出現して深部へ浸潤し,最終的には低分化型進行癌を形成するという発育進展形式が推論された.

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要旨 食道胃接合部癌は接合部上下2cmの間に病変の中心を置く癌である.当科での早期癌は,接合部癌90例中15例にすぎず早期診断が困難と思われる.早期癌の肉眼分類では,陥凹性病変が多く,組織型では,分化型腺癌が多く認められた.内視鏡診断では,近接観察や染色法を併用した診断が早期発見には重要であり,合わせて超音波内視鏡による深達度診断を行うことにより適切な治療法の選択が可能となる.接合部は空間的に狭いため病巣描出には先端にバルーンを装着した細径プローブが必要となるが,バルーンによる病巣の圧迫はsm層を伸展させ深達度を深く読む傾向があった.また先端に透明フードを付ける生検法は狙撃生検に有用である.

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要旨 食道胃接合部癌の診断能を向上させるために過去15年間に診断切除された食道胃接合部癌72病変を対象に,肉眼形態と大きさ,深達度の関係,更にX線所見・内視鏡所見を検討した.3cm以下の症例はⅡc型が多く,3cm以上では2・3・4型が多かった.深達度は,2cm以下はm癌が,2~3cmではsm癌が,3cm以上ではss以深が多かった.組織型では分化型癌が大半で,粘液形質からみた分類では,胃型が28%,不完全腸型が58%で,この両者の3cm以下の病変は形態的変化の乏しい病変が多かった.X線診断は,半立位腹臥位第1斜位の体位で撮影されたX線像上,境界不明な淡いバリウム斑として描写されている病変が多く,内視鏡所見は正色調,褪色調の粘膜を呈する病変が多く,ダウン観察,反転観察が必要であった.

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要旨 食道胃接合部癌のEMRは常に接線方向からのアプローチになり視野が悪く,内腔が狭いため内視鏡の操作に制限があり,他部位のEMRより難しい.通常観察では病変の全体像を一視野に捉えることは困難だが,内視鏡の先端にフードを装着後に胃,食道腔内の空気を抜くと接合部が食道側に入り込み,見下ろしで観察することができるようになる.接合部病変が小さい場合にはこの状態での先端フード法が有効であるが,病変が大きい場合には従来では計画的分割切除の適応であった.われわれが開発したhooking EMR法は内視鏡視野が悪い接合部病変でも確実な一括切除が可能であった.

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要旨 過去24年間で切除された噴門部早期胃癌20例を検討した.臨床病理学的には,噴門部早期癌は早期胃癌全体と比較して,男性,隆起型,分化型,sm癌の割合が多かった.リンパ節転移はm癌ではみられず,sm癌で1群転移が1例(7%)に認められた.2群転移は認められなかった.噴門部早期胃癌の低いリンパ節転移率を考慮すると,m癌の場合には癌近傍リンパ節を郭清して癌転移陰性が確認された場合には,噴門側局所切除を施行し残胃を大きく残した食道胃吻合の可能性が考えられた.sm癌の場合には術中sentinel node navigationを応用することで,sm癌でもリンパ節郭清を縮小する可能性が期待された.

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要旨 近年の食道腺癌の増加に伴って,食道胃接合部癌が注目を集めている.しかし,分子生物学的解析は食道癌,胃癌といった臓器別になされたものが大半である.今回,教室で行っている,①癌関連遺伝子の免疫組織学的検討,②遺伝子不安定性(microsatellite instability)の検討,③CGH法による解析の結果について簡単に紹介する.免疫組織化学的には特に有意差を認めなかったが,遺伝子不安定性に関しては,接合部腺癌が,他の癌に比し有意に高率に関与している可能性が示唆された.特にCGH法に関しては,8q,7q,13qなどの領域に重要な遺伝子異常があることがわかった.胃癌,食道癌との比較も紹介し,悪性度判定の指標となる可能性についても言及する.

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要旨 患者は71歳.男性.健診を目的にした内視鏡検査で食道胃接合部右壁の病巣が発見された.X線的には急峻な立ち上がりを持つ隆起病変であり,頂部にわずかな陥凹を有していた.内視鏡的には隆起は発赤しており,口側はヨードに染色された食道上皮に囲まれ,肛門側は萎縮のない胃粘膜に及んでいた.腺癌と組織診断されて,手術を行った.切除標本では長径1.6cmの発赤した隆起形態をした充実型低分化腺癌で,深達度はsmであった.免疫組織化学的検索で癌細胞が腸型粘液形質を示し,またspecialized columnar epitheliumと考えられる腸上皮化生が近傍に存在したことから,short Barrett上皮から発生した腺癌と推論された(Siewert Ⅱ型).

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要旨 患者は71歳,男性.約10年来の胸やけ,上腹部不快感を主訴に近医を受診,上部消化管X線検査で胃に異常を指摘され新小倉病院を紹介された.1999年6月の内視鏡検査では最長4cmのBarrett食道を指摘され,Barrett食道内に境界不明瞭な微細顆粒状のわずかな粘膜肥厚が認められた.0-Ⅱa型のBarrett食道腺癌を疑い生検したが高度異型腺管は認めるものの癌とは診断されなかった.2000年3月の内視鏡検査では腫瘍は軽度発赤し,顆粒状でわずかに隆起し緊満感を伴っていた.生検組織は高分化型腺癌でありBarrett食道腺癌と診断した.X線検査では約7mmの小顆粒の集簇したわずかな隆起として描出された.以上より深達度MのBarrett食道腺癌と診断した.重篤な合併症を有する患者であったため治療は内視鏡的粘膜切除術を行った.病理組織学的には大きさ6×5mm,肉眼型0-Ⅱa型,腫瘍の一部が粘膜筋板に浸潤する深達度m3の高分化型腺癌であった.

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要旨 患者は68歳,男性.腹部食道前壁寄りの右壁を占居するSiewert type2の症例を経験した.生検で腺癌が検出されたためBarrett腺癌を疑ったが確診には至らないまま,噴門側胃切除術を施行した.切除標本では病変の中心部は食道側に存在したが,癌最深部は胃側に存在していたため,その発生部位が問題となった.病理組織学的にはBarrett上皮を示唆する所見は得られず,また導管を含め食道腺由来の腺癌も考えにくいことから胃腺窩上皮より発生した胃癌(0-Ⅱc+Ⅰ,sm2,29×16mm)と診断した.粘液形質の検討では,胃型と腸型が混在しており,固有胃腺の粘液形質が証明されたことより,胃粘膜由来が示唆された発生学的に興味ある症例である.

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要旨 患者は66歳,男性.胃腺腫精査にて当科紹介精査となる.主病変は胃噴門部小彎の0-Ⅱaで,大きさ30×15mm.組織型はtub1,深達度m(Siewert TypeⅡ)であり,他に胃体下部大彎の0-Ⅱa,大きさ25×17mm,組織型tub1,深達度mの癌と胃体下部後壁の0-Ⅱa様,10×9mm,tubular adenomaを併存していた,噴門部癌は癌多発性の点からも注目されており,注意を要する症例として報告した.

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要旨 患者は54歳,男性.51歳時より胃十二指腸潰瘍の診断治療を受け,毎年人間ドックで内視鏡検査を行っていたが,心窩部痛にて行った内視鏡検査で食道病変を指摘された.上部消化管造影にて噴門部前壁に大きさ2.2×1.5cmの隆起性病変があり,中央にバリウム斑を認めT1b(sm3)と診断.また内視鏡にて食道胃粘膜接合部に同様の0-Ⅰpl型T1b(sm3)の食道癌と診断.生検にて腺癌であった.全身状態良好にて手術を行い,高分化型管状腺癌,pT1b(sm3)N0M0 pStage I,ly0,v2の病理組織診断であった.食道胃接合部癌は,生理的狭窄や複雑な形態からスクリーニングで見落とされやすく,他部位の胃癌に比し表在癌の頻度が低い.隆起型を呈した高分化型腺癌で,大きさ2.0cmと小さい割に既に粘膜下層深部に浸潤している比較的特徴的な症例であった.明らかなBarrett上皮,食道腺由来の組織学的所見はなく,胃噴門腺に癌の進展がみられ,胃噴門腺由来の可能性があるが,病変の4/5は食道側にあり,発生母地の特定は困難であった.

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 〔患者〕 55歳,男性.主訴は,時々胸にしみる感じがある.既往歴;高血圧症にて内服歴あり.喫煙歴;タバコ1日約30本,20年以上.飲酒歴;ビール1~2本,ウィスキーシングル1~2杯を毎日,約25年.

 1994年12月,上記症状を訴え当院受診し,1995年1月,上部消化管内視鏡検査を施行した.末梢血,血液生化学検査および検尿では異常を認めずSCC,CEAも正常であった.

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要旨 〔症例1〕は76歳,男性.下腹部痛のため内視鏡検査を施行.S状結腸に径4mmの陥凹内隆起を伴う陥凹型病変を認めた.拡大観察で陥凹部にⅢs型pitを認め,内視鏡的粘膜切除術(EMR)を施行した.組織学的には中等度異型腺腫であり,粘膜筋板の挙上による隆起であった.〔症例2〕は70歳,女性.下血のため内視鏡検査を施行.S状結腸に7mm大の陥凹内隆起を呈する病変を認めた.EMR後の実体顕微鏡観察では全体がⅢL型pit,組織学的には軽度異型腺腫であり,粘膜筋板の局所的な挙上による隆起であった.2症例ともに,陥凹内隆起の内視鏡所見より粘膜下層深部浸潤癌を疑ったが,拡大観察により粘膜内病変の診断が可能と考えられた.

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欧文目次

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 工藤進英氏による「大腸内視鏡治療」が上梓された.今日では大腸内視鏡は単なる検査手段ではなく,重要な治療手段である.本書は「早期大腸癌」,「大腸内視鏡挿入法」とともに工藤氏の三部作である.その中でも本書は治療に主眼を置いているが,治療の裏付けとなる正確な診断が十分に盛り込まれている.工藤氏は1993年,「早期大腸癌」を出版し,当時は“幻の癌”であった平坦・陥凹型の癌が存在することを証明され,更に摘出標本の実体顕微鏡的観察から,腫瘍の組織型や癌深達度とpit patternが深く関係することを証明された.この研究は拡大電子内視鏡の開発に進み,今日の拡大電子内視鏡診断による病変の質的・量的な診断が可能になったのである.

 わが国においては,癌を始めとする大腸疾病の増加が大きな社会問題となっており,近い将来に大腸癌が癌死亡の第1位になるであろうと予想されている.大腸癌に対する検診の重要性,特に内視鏡検査による精密検査の必要性が叫ばれている.内視鏡技術の向上と内視鏡医の増員こそは現在の日本にとって最大の急務であると言っても過言ではない.

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 日常の診療において真に役立つ医学書は少ない.医学書院から発刊された榊信廣著の「ヘリコバクター・ピロリ除菌治療Q&A」は,この数少ない医学書として評価される.

 ヘリコバクター・ピロリは,消化性潰瘍や胃癌の原因となりうる特殊なグラム陰性桿菌として世界中で注目されてきた.その除菌治療が,消化性潰瘍を対象としてこの度(平成12年11月)保険診療として認められた.それだけに,この除菌治療の実際とヘリコバクター・ピロリ菌をめぐる基本知識に広く関心が集まるのは必然で,医療現場ではマニュアル的な解説書が必要となろう.

編集後記 神津 照雄
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 筆者が食道癌に興味を持ち始めた約30年前,千葉大学第2外科の内視鏡研究室の先輩が噴門癌の食道浸潤の内視鏡診断に取り組んでいた.当時はもちろん全例進行癌であり食道粘膜下層の口側診断が主体であった.本号を読み終わり,隔世の感がある.しかしいつの時代にもその時々で新たな問題点が浮き上がるものである.本号の主題症例,高木論文の9か月間の経過をみた症例はまさしくこの領域に興味を持つプロが根性で見つけた症例であろう.狭義の食道胃接合部にできる扁平上皮癌以外の癌の発生は胃腺窩上皮,食道噴門腺,固有食道腺,Barrettや異所性胃粘膜の円柱上皮から発生するはずである.病変のない食道胃接合部の材料からの詳細な病理検討により,噴門腺の局在部位も新しい見解が報告された.発育進展の検討では噴門癌の特徴として,高分化型として発生するが異型度が高く早期に深部浸潤を来し,結果的には低分化型進行癌を形成するとの推測も提示された.

 診断については,まず病変の同定に始まるが,屈曲・蛇行のみられる部位であり,ミリ単位の早期癌を見つける努力には執念が必要である.本号ではX線造影,内視鏡撮影,生検採取のコッが提示された.今日ではどこの消化管癌でも早期の段階で診断さえつけば内視鏡手術やQOLの高い縮小外科手術が得られる時代になってきている.症例数の少ない噴門癌でも同様であり,主題症例でその点が強調されている.

基本情報

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胃と腸
36巻5号 (2001年4月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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