精神医学 43巻12号 (2001年12月)

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 今後,精神科病床はどのくらいの数が必要だろうか? この単純な疑問を解こうとして精神科医,統計学者などが推計を試みたが,これまで十分な解答が得られていない。実は,この問題を解くヒントは「精神科入院患者の高齢化」,鍵は「時系列分析」にある。

 新潟県に過去28年にわたる精神科在院患者数統計がある。これは毎年3月末,10の病類区分ごとの在院患者数を,10歳きざみの年齢層ごとに集計したものである。2000年3月の時点で新潟県には7,090名の精神科在院患者がいた。このうち精神分裂病が3,866名で55%を占めている。在院患者の過半数を占めるこの精神分裂病在院患者数の動きをみると実に興味深い事実に行き当たる。ここで図を書きながら考えてみてほしい。

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はじめに—定義上の問題点

 ある事象について議論を始める時,まずその事象の定義付けを行わねばならない。「自殺」は日常的に用いられる言葉であるが,その定義は曖昧である。「自殺を議論する場合の最初の難問は,その定義に関する問題である」という高橋55)の指摘のとおり,専門家の間でも意見の分かれるところである。例えば,Durkheim23)に代表されるように,自殺を「自己によってなされた一切の死」と幅広く定義する考え方がある一方,自殺念慮と死の結果の予測性を定義に加える限定的な考え方もある28,42)

 筆者の考えは,「自ら自己の生命を絶とうとする行為を自殺行為(または自殺企図)といい,結果として死に至ったものを自殺既遂(または自殺),死に至らなかったものを自殺未遂と呼ぶ」という稲村26)の定義に近い。つまり,自殺念慮と死の結果の予測性の有無を問わない広い定義である。稲村26)の論拠は,「一般に自殺意図の明確な者は自殺者のうちでも意外に少なく,意志統御の混乱がむしろ彼らの特徴ですらある」という点であり,これもまた筆者の同意するところである。自殺を「自己によってなされた一切の死」と広く定義して,自殺念慮や死の結果の予測性などについては,それらを軸として自殺を下位分類すればよいと筆者は考える。

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【抄録】 満田の非定型精神病概念を再検討するため,定型分裂病30例,非定型精神病30例,正常対照群50例の3群で,横S字型図形を用いた探索眼球運動を比較した。記銘課題では,正常対照群と非定型精神病群はほぼ同じ値を示し,定型分裂病群のみ低い値を示した。一方,比較照合課題における反応的探索スコアでは,正常対照群が最も高い値を,定型分裂病群が最も低い値を示し,非定型精神病群はその中間の値を示した。さらに,ICD−10では分裂病と診断される「急性精神病の遷延型」は,非定型精神病と同様な所見を示した。

 以上の結果は,定型分裂病と非定型精神病とが異なる病態を示す疾患である可能性を示唆している。

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【抄録】 月経前症候群(PMS)は未だ不明な点が多い。我々は健常女性334名に対し,調査票を用いて月経前の精神症状および身体症状を調べた。月経前にいらいら感,抑うつ気分,不安のいずれかを自覚しているものは57%あり,いらいら感が最も多く認められた。また,これら3項目のいずれかが重度と答えたものは8.7%あり,このうちの一部は月経前不快気分障害(PMDD)の可能性が高いと思われた。精神症状の程度を3段階に分けた検討では,月経の各因子との関連は認められなかったが,精神症状が重いほど身体症状も有意に重くなることが示された。本症の病態を明らかにするためにもPMSおよびPMDDに対する認識が重要と思われた。

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【抄録】 DSM-IVの研究用基準案に,月経前不快気分障害(premenstrual dysphoric disorder;PMDD)が取り上げられ,月経前症候群(premenstrual syndrome;PMS)や月経前緊張症とは明確に区別し,疾患としてとらえる試みがなされている。今回我々は,20歳前後の看護学生を対象に,PMDDの診断基準(DSM-IV研究用基準案)を用いた調査を行った。その結果,PMDDの診断基準を7.4%が満たし,諸外国の報告とほぼ同等であった。また,ICD−10のPMSの診断基準を43.4%が満たした。PMDDの診断基準にある11項目の症状の因子分析により,4因子が抽出され,それぞれ「情動の不安定さ」,「身体症状」,「気力の変化」,「感覚の変化」と解釈可能であった。

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【抄録】 家庭裁判所より就籍許可申立事件での鑑定命令のあった全生活史健忘の事例を報告した。本症例での健忘持続期間は鑑定時において18年に及んでいた。本邦の就籍許可申立事件では,本症例より長期の健忘持続の事例で就籍が認容されたものが筆者の知るかぎりで数例存在する。本症例では「積極的に詐病と考えられる点はなく,解離による遁走を伴った全生活史健忘と考えられる。ただし,解離性健忘のみでこれほど長期の健忘持続を説明することは困難である」との鑑定書を提出した。審判結果は申立の「認容」であった。本人を全生活史健忘であると考えた際の健忘長期化の要因と,このような事例での司法判断について私見を述べた。そして,必ずしも詐病との鑑別が司法判断において一義的でないことを指摘した。

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【抄録】 Tiapride,trazodoneの併用治療が著効した高齢発症の幻覚妄想状態の2例を報告した。2例ともに抗精神病薬の治療にかかわらず幻覚妄想状態が長期間持続し,経過中抑うつ状態や副作用として錐体外路症状を呈するなど難治であった。tiapride,trazodoeの併用治療開始後これらの精神身体症状は速やかに改善した。その作用機序として非定型抗精神病薬に類似した,D2受容体と5—HT2受容体の阻害作用が推察された。tiaprideとtrazodoneの併用治療は幻覚妄想状態で,特に副作用が出現しやすい症例や,抑うつ状態を併せ持つ症例などに対し一考に値するものと思われる。

 幻覚妄想状態は高齢者にも稀ならず認め,その治療に際しては,抗精神病薬が投薬されることが多い。しかしながら薬剤起因性の錐体外路系症状や抗コリン性の副作用なども出現しやすく,治療が困難な場合も少なくない間。今回我々は,高齢で発症し,抑うつ状態やパーキンソン症状が併発するなど難治性の幻覚妄想状態にtiaprideとtrazodoneを併用したところ著効を呈した2例を経験した。示唆に富んだ症例と考えられるので報告する。

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【抄録】 フラッシュバック現象は,依存性薬物使用中止後一定の期間を経て,薬物使用時の急性症状が再現する精神現象である。今回我々は,大麻吸煙中止約1か月後に急性錯乱状態を含むフラッシュバックを呈した外国人留学生の症例を経験した。症例は23歳中国人男性で,在日期間中に大麻乱用を開始し約1年間の大麻吸煙歴があった。大麻吸煙時には意識変容を伴う急性酩酊を呈することが常であったが,時に急性錯乱状態となり粗暴行為に及ぶこともあった。中国へ約1か月間帰省した後,再来日直後に急性錯乱状態を含むフラッシュバックを呈した。留学生活に伴う種々のストレスがフラッシュバックの発現に関与した可能性が考えられた。

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【抄録】 我々は左側頭葉後下部病変を有し,漢字に著明な失読失書を示した症例を経験した。左側頭葉後下部病変による失読失書では,漢字の視覚イメージの障害,あるいはその想起の障害により書字障害が起こり,写字が保たれるとされる。本例では,漢字を見た瞬間に書ける漢字と同等のスピードで,手本を見ることもなく複雑な漢字を写字できたこと,写字した漢字の意味が理解できないこと,写字した字が読めないことから,視覚イメージなしに,あるいはその想起なしに,漢字を写字したと考えられた。漢字の書字および写字に際しても,頭頂葉を経由する書字の感覚(視覚,運動覚を含む)—運動系の統一行動(運動覚性書字および書字運動パターン)が重要な働きをしているものと考えられた。

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【抄録】 断酒後約7か月にわたって小脳失調が進行したアルコール依存症の1例を経験した。本症例ではVictorらのまとめたアルコール性小脳変性症と比較すると,上肢の失調症状,構語障害,眼球運動障害などを認めた点と,断酒後約7か月にわたって小脳症状が増悪した点が特異的であった。本症例にTRH療法を施行したところ,症状の進行が停止した。小脳症状発症前後の頭部CTでは明らかな小脳萎縮の増悪は認められなかった。

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はじめに

 子供が親に対して暴力を振るう形の家庭内暴力はわが国特有の現象であるとされている5)。この病態は不登校やひきこもりと密接に関連し,その原因が主として家族病理に由来すると考えられているために,治療としては家族療法も含めた心理的アプローチが行われることが多い3,4)。また家庭内暴力における衝動性の制御不全や,随伴してみられる抑うつ,対人緊張,社会恐怖,強迫症状などを標的に薬物治療も行われる。稲村6)は抗精神病薬の有効性を高く評価し,野田ら9)は抗てんかん薬のcarbamazepineと抗精神病薬とりわけhaloperidolの有効性を指摘している。川谷7)はこの病態の家系内に感情病が多いことから,抗うつ薬,carbamazepine,lithium carbonateが有効であるとしている。最近,わが国においても臨床応用されるようになったselective serotonin reuptake inhibitor(以下SSRI)8)も家庭内暴力に対して奏効するかどうかは興味の持たれるところであるが報告例はまだ見当たらない。今回,筆者は不登校,ひきこもりに続いて,家庭内暴力を振るうようになった1例にfluvoxamilleを投与して良好な結果を得たので,若干の考察を加えて報告する。

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はじめに

 Machado-Joseph病(MJD)は,大西洋上ポルトガル領アゾレス諸島出身の大家系の報告を端緒に,疾患単位として確立された常染色体優性遺伝形式をとる脊髄小脳変性症の1つであり,全遺伝性脊髄小脳変性症の約10%を占めている3〜5)。MJDにおける精神症状については,障害を深刻に悩んで抑うつ状態を呈するという記載2)があるが,精神科領域での症例報告はこれまでになされていないと思われる。今回,器質性人格変化を背景として,多彩な精神症状を呈したMJDの1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

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 突発性射精は,性的刺激や性的思考とは無関係に突然に射精する状態である。1983年にRedmondら6)が初めて報告して以来,器質的脳疾患に併発した症例報告4,5)などはあるが,未だその発症機序は明らかではない。

 筆者らは,13歳時より不安・緊張時に突発性射精を呈し,後に精神分裂病を発症した1例を経験した。稀な症例と思われたので,若干の考察を加えて報告する。

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はじめに

 せん妄は身体疾患治療の現場において最も頻繁に認められる精神症状の1つである。せん妄の発症率は治療セッティングにより異なるが,総合病院に入院した症例の18〜20%に生じるとされている7)。高頻度の発症率ならびにせん妄が引き起こすさまざまな悪影響が示されているにもかかわらず6,7),他の精神疾患や痴呆などと比べてせん妄についての研究は少ない。せん妄研究の問題の1つに,適切な評価尺度や診断基準の欠如があった。1980年よりDSM-III,DSM-III-R,DSM-IVによるせん妄の診断基準が設けられ,せん妄の客観的診断が可能となった。最近では,さまざまなせん妄評価尺度が開発されているが,この中で,最も頻繁に使用されているのはDelirium Rating Scale(DRS)である5)。日本語版もすでに一瀬ら2)により翻訳されている。

 DRSは10項目からなる評価尺度である。この評価尺度はせん妄の種々の研究に最も使用されており,その有用性ならびに信頼性は確立されている5,8)。しかしながら,DRSにも以下のような問題点がいくつか挙げられている4,8)。せん妄の症状は変動性である点ならびに睡眠覚醒サイクルの破綻を特定するために,この評価尺度は24時間以上あけて使用するように薦められている。したがって,それより短い時間間隔で評価する場合に,問題が生じる。たとえば項目1“短時間に症状が発症”や項目7“身体疾患”などにおいて,同一症例を継続的に評価していく際に問題が生じてくる。そのため,せん妄の介入研究などにおいては,DRSの項目を減らして継続的に評価を行った研究も認められる3,10)。また,DRSはせん妄のphenomenologyを評価するのには向いていない。たとえば,認知機能は1つの項目にまとめられ(項目6),失見当識,注意,記憶などを評価している。また,精神運動行動においても,hyperactiveとhypoactiveの分類がなされていない。

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はじめに

 特定疾患治療研究事業未対象疾患の疫学像を把握するための調査研究班(班長:大野良之)は中枢性摂食異常症調査研究班(班長:中尾一和)と合同で,1998年に「疫学・臨床像調査」を実施した6,7)。その結果,神経性無食欲症(以下AN)は,その患者推計数が6年前に比して2〜3倍に増加していた。一方,神経性大食症(以下BN)は患者推計数が6年前に比し6〜7倍に増加していた5〜7)。このように,摂食障害の最近の特徴にBNの急激な増加が挙げられる6〜8)。しかし,BNの臨床像に関する全国レベルでの実態調査はまだない。そこで,摂食障害の臨床像に関する全国調査を実施し,わが国におけるBNの臨床像を明らかにした。さらにBNとANの臨床像を対比した。

私のカルテから

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 全生活史健忘を訴える症例を経験した。この症例は,イソミタール面接など記憶回復のための治療に反応せず,現在,なお身元も判明していない。

動き

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 日本精神病理学会第24回大会は,2001年10月3,4日,高橋俊彦会長のもと,名古屋大学豊田講堂を中心とする3会場において開催された。精神病理学は,長い伝統を持つ精神医学の基礎学として存続しているが,昨今では,これを精神科医のたしなみとして踏まえておく必要性さえ軽視する風潮がないとは言えない。そのような中,本大会は,この学自体が将来に向けて持つポテンシャルを十分に示すものであったように思う。

 特別講演は,今年理事長を勇退される木村敏氏(河合文化研究所)が担当された。氏は,有機体と環境世界との間の界面現象としての主体と,死と等根源的な絶対的他性に絶えずさし向けられている自己とを論じ,人間は種としての集団的な生物であると同時に個別な存在でもあるためにこの両者の間の調整をつけるという困難な課題を負わされており,分裂病の成因もそこにあるという練り上げられた持論を展開した。氏はまた,クオリア(経験の主観的な質)の概念に触れて分析哲学への新たな接近を示したが,それとの関連で40年前の氏の離人症論における「自己クオリティー自己という主観的な質感」に言及され,氏の思索の息の長さを印象づけた。

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精神医学 第43巻 総目次

KEY WORDS INDEX

基本情報

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精神医学
43巻12号 (2001年12月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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