精神医学 41巻2号 (1999年2月)

巻頭言

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 多くの科学技術と同様に精神医学も進歩し,疾患の理解や治療においても確実な成果を上げてきた。特に最近は,最新の技術を用いて精神疾患の生物学的背景をより詳細に研究することや,明確な治療プログラム,システム,マニュアルなどを作ることや明確な治療技法を身につけることなどが求められているように思う。それらによって私たちは“明確になっていく”ことの恩恵に浴しているのだが,一方で,曖昧さの効用も忘れてはならないのではないかという思いがある。

 精神分裂病の急性期に,「私は病気なんかじゃない」という人に,何とか服薬や休養を勧めようとするとき,「病気かどうかはともかく,少なくともあなたの神経はどこかピリピリと張りつめているように見える。少しピリピリをほぐす薬でも飲んで,休むことが必要かもしれない」と話す。明確な診断を告げるより,しばしばこのような曖昧なアプローチのほうが後の治療を良好にするのではないだろうか。

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はじめに

 多重人格は,専門家だけでなく,人間の精神に少しでも関心を持つ一般大衆をも魅了してやまないテーマであった。『ジキル博士とハイド氏』『私という他人』『24人のビリー・ミリガン』といったマスメディアによって喧伝された多重(二重)人格物語が動機の1つとなって,精神医学や臨床心理学を志望された方も,少なからずおられるのではなかろうか。しかし,臨床の現場では滅多にめぐり合えるものではなく,その後習得した専門知識や日々の多忙の下に,記憶は押しつぶされていくのが大方ではないかと思われる。

 さて,ここ数年,本邦では,多重人格の発表が相次ぎ,複数の専門誌で特集が組まれるなど,今のところ症例数ははるかに少ないものの,北米より約20年遅れての多重人格症例の急増,いわば日本版の“multiple personality epidemic10)”が起きている。これは,後述するように,時代的背景と不可分の現象と考えられる。しかしながら,多重人格概念が定まった位置を得ているとは思えないのは,欧米と同様である。以下,多重人格の歴史と現状を概観し,問題点を整理してみたい。

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【抄録】 1995年5月から1997年4月までの2年間に,立川共済病院MPU(Medical Psychiatry Unit)にて全身麻酔下で身体合併症の外科手術を受けた精神分裂病患者46例を対象として,術前,術後に精神科主治医がPANSS(Positive and Negative Syndrome Scale),手術の理解度,協力度を評価した。総体としては,精神分裂病が外科手術を契機として術後に精神症状が悪化するとはいえない。精神症状の悪いケースほど悪化しやすいともいえず,術前の病像から術後病像を評価することは不可能である。これらのことから,身体合併症治療病棟としてのMPUの意義を論じた。

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【抄録】 神奈川県立精神医療センター芹香病院の1閉鎖病棟内隔離室への新規入院患者41名について,隔離室使用状況と看護上問題となった因子の関連を1997年5月より6か月間調査した。対象は男女比約1.3,平均年齢40.5歳,措置入院約75%で,精神分裂病が約50%を占めた。平均隔離室使用期間は,部分開放まで6.8日,日中開放まで8.6日,転室または退院まで16.4日で,開放度は入院形態や入院経路に影響され,性別や疾患とは相関しなかった。設定した13項目の看護上の問題は5因子に収束され,部分開放には粗暴性因子,不穏因子,介助因子の3因子が,日中開放にはこれら3因子のほか合併症因子の関与が高く,自立度や合併症についての考慮が必要と考えられた。

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【抄録】 高脂血症(HL)と前頭萎縮の関係を取り上げた前報9)に引き続き,本報ではHLと大脳白質および基底核障害の関係を検討し,さらにHLと痴呆との関係を解析した。その結果。

 (a)MRI画像で判定したHLの白質障害は,年齢にほぼ比例して高頻度となる。HLの大脳白質および基底核のT2 spotに対する相対危険度(rr)は,それぞれrr=1.4(p<0.02)およびrr=1.5(p<O.02)で,高血圧との相互作用が認められた。総コレステロール値とT2spotの頻度は緩やかに相関し,160mg/dlを超える高齢者では過半数でT2spotが認められた。

 (b)HLが痴呆に寄与することの統計的証明は,重度痴呆者を除外した群で初めて可能となり,軽度痴呆に対するHLの相対危険度は,rr=1.8(p<0.008)であった。

 以上から,HLに連関した脳障害は痴呆に寄与しており,HLの管理は痴呆予防のためにも重要であると考えられた。

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【抄録】 今回我々は,生活習慣の変化とアルコール乱用を契機に睡眠相後退症候群(以下,DSPS)を発症し,望ましい生活リズムに適応できず,断酒した後の社会適応の妨げとなったため睡眠覚醒リズム障害に対する治療が必要となった症例を経験した。その治療にVB12投与,社会的同調因子の強化,methylphenidateの投与が有効であった。

 アルコール乱用,DSPSはそれぞれ就業,就学の妨げとなり,患者の社会復帰を阻む要因となる。methylphenidateをアルコール乱用の既往がある症例に投与することは,乱用,依存への発展に対して慎重にならざるをえないが,今回の症例では有効であり,社会復帰に寄与しえたと評価した。

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【抄録】 外傷性頸髄損傷の急性期におけるせん妄の発現とその危険因子を明らかにするため,入院時に四肢麻痺を示した患者37例(男性34例,女性3例,平均37,3歳)のカルテを精査した。13例(35%)の患者がDSM-III-Rのせん妄の診断基準に合致する症状を示した。そのうち3例は脳挫傷(疑いを含む)を合併しており,せん妄の開始は意識混濁の回復と密接に関連していた。この群では脳挫傷がせん妄の危険因子であると考えられた。非脳挫傷せん妄群(10例)では,非せん妄群に比べ,第6頸髄に及ぶ感覚消失域を有するものが有意に多かったが,運動障害の程度とは有意な関連はなかった。このほか,平均年齢,集中治療,および手術の効果とも有意な関連はなかった。したがって,非脳挫傷群におけるせん妄の危険因子として広範囲な体性感覚障害を挙げることができよう。

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【抄録】 摂食制限型神経性食思不振症(RAN)25例,過食・浄化型神経性食思不振症(ANBP)31例,浄化型過食症(BN)41例と健常対照者33名に身体的,性的虐待の質問紙であるPhysical and Sexual Abuse Questionnaire(PSA)日本語版を施行した。ANBP群は対照群,RAN群より「あなたの親が怒った時には,(正当な罰以上に)手であなたをたたきましたか」の項目に有意に「頻回に」と答えた。一方,対照群のほうが患者群より有意に多く痴漢の被害にあっており,痴漢を除いた性的虐待では4群間に差を認めなかった。以上より,性的虐待と神経性食思不振症,過食症との関連は認められなかった。一方,身体的虐待,特に過度の体罰は関連している可能性が示されたが,これが摂食障害に特異的であるかいなかはさらに検討が必要と考えられた。

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 悪性症候群(Neuroleptic Malignant Syndrome;NMS)は,向精神薬の副作用として発症し,臨床的には発熱,意識障害,錐体外路症状,自律神経症状が中核症状とされている10)。稀にけいれん発作が認められるが,それについての記載は少なく,わずかに臨床的意義に関した熊谷ら4)の報告を見るにすぎない。

 今回,筆者らは,ネモナプリドの少量投与中に,けいれん発作重積を伴う重篤な悪性症候群を発症した症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

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 Rhabdomyolysis(横紋筋融解症)は,筋の挫傷や労作,虚血,全身性ウイルス感染,低カリウム血症などが原因になることが知られている10)。臨床症状として筋の脱力,落痛,褐色尿を呈し,急性腎不全に陥る症例もある4)。今回,我々は,慢性分裂病患者において,異なる原因で重篤なrhabdomyolysisを来した3例を経験したので報告する。

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 高齢者に急性または亜急性に生じた不随意運動を診断する場合,脳血管障害や変性疾患などとともに,服用中の薬剤により惹起されている可能性を念頭に置くことが一般的と考えられる。特に高齢者においては多施設から投薬されていることも多く,薬物の副作用も生じやすいという特徴もあるため,薬剤惹起性の症候を鑑別することは重要である。しかし,不随意運動を伴う変性疾患や代謝性疾患の中には,例外的な高齢での発症例や遺伝性疾患であるのに散発性に発症して非定型な経過をとる例がまれではあるが存在する。

 今回我々は,家族歴がなく71歳という高齢で亜急性発症の全身性不随意運動を呈し,その経過からは薬剤惹起性のジスキネジアが疑われたが,DNA診断によりHuntington病と確定診断された症例を経験したので報告する。

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 今回我々は,進行麻痺に単純ヘルペス脳炎が合併したことにより重症化したが,治療により改善しえた稀な症例を経験した。また,その経過中に脳波上,予後不良の所見とされる周期性一側性てんかん様放電(periodic lateralized epileptiform discharges;PLEDs),suppression burstを認めたので,若干の考察を加え報告する。

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はじめに

 精神神経症状の発現と視床との関係は視床症候群として古くより論じられており,最近では視床の内側核,特に背内側核の病変の際に,意識障害,失見当識,無関心,自発性欠如,記憶障害,性格変化,幻覚,痴呆などの精神症状を呈しやすいとされている4)

 今回我々は,22歳の若年者で,活動性の低下と怠学・怠業に始まり,幻覚・妄想症状の一面で夢幻様状態を思わせる病像を呈し,入院初期には分裂病が疑われたが,結局は視床梗塞が確認された症例を経験した。このような報告が総じて中年以降に多いのに対し,今回の症例は,年齢的にも症状からも興味深いものであったので,その臨床経過の特徴と診断に至るまでの過程について,若干の考察を加え報告する。

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はじめに

 リファンピシンとともに現在最も強力かつ重要な抗結核治療剤であるイソニコチン酸ヒドラジド(イソニアジド,以下INH)は,各種の精神神経症状が副作用として知られている4,9)。しかし,同じ抗結核治療剤であるサイクロセリンに比べ精神症状の発現頻度が少なく,特に常用量ではほとんどみられないことから,最近の日常臨床では注意を引くことが少なくなっている。

 しかし,近年罹患率減少速度の停滞や患者の高齢化など,結核が再び問題化しており7),コンサルテーション・リエゾン精神科医療の領域で,INHの副作用としての精神症状に遭遇する機会が増えてくると思われる。また,移民・難民・貧困化などの問題によって結核罹患率が増加傾向にある欧米諸国では,近年あらためてINH精神病が注目されている。

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はじめに

 精神保健福祉センターは地域の精神保健福祉の総合的技術センターとして位置づけられ,それらの第一線機関である保健所に技術指導・援助を行い,保健所で対応しきれない複雑または困難な業務を行うと定められている19)。実際には,保健所や福祉事務所などから相談および指導を求められるもののうち医療につながらない精神障害者の処遇が大きな業務の1つになっている8,10)。また我々の東京都立精神保健福祉センター(以下当センターと略)への直接の精神保健相談にもそうした患者の処遇が含まれている。その多くは,東京都で実施している精神科救急医療1)や精神保健および精神障害者福祉に関する法律(以下精神保健福祉法と略す)第24条(以下24条と略す)19)に基づく警察官通報による診察の結果,措置入院となる制度によっては解決困難な,すなわちこれらの経路に乗らない精神障害者であり,現状ではこうした患者に対する十分な対策が講じられていない。また,ここまで進行していない場合にも,当センターは対応の仕方などについての保健所や家族などからの問い合わせに応じている。

 このような精神障害者対策の1つとして当センターでは,1993年5月から「複雑困難ケース相談班」を組織し,保健所や家族などの要請に応じて精神保健指定医および技術系職員が訪問,面接して診断を下し,各種の精神保健福祉に関与する職員と適切な処遇法を立案して実行に移すとともに,必要に応じて精神科医療機関への入院搬送5,6)の要請に応じるようにしてきた。精神保健福祉センターで,訪問と搬送手伝いを組織立てて実践している報告は見当たらない。そこで,実施して3年になる我々の相談活動の実際とその結果を報告し,この活動の成果や今後に残された問題について検討を加えたい。

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はじめに

 近年,不登校や摂食障害を呈する思春期の子どもの増加や,中学生による凶悪犯罪の相次ぐ発生から,思春期の子どもの精神保健に対して関心が向けられるようになり,心理的な問題を抱えた子どもたちに適切な援助・治療が可能な思春期精神科医療に対する社会的要請も高まってきている。しかし,思春期精神科を専門外来として設けている医療機関は一部の大学病院や公的病院だけであり,地域の医療活動全体の中で中心的な役割を果たすべき総合病院において,思春期外来を開設している病院の数は極めて少ない4,11)

 市立旭川病院精神神経科(以下,当科と略)では,1980年代になってから不登校をはじめとする思春期患者の増加が目立つようになった15)。また,同じ頃から旭川市内の中学校においては不登校児数が著しく増加してきたため,1985年に市内の中学校に登校拒否学級が初めて開設された2)。この学級への入退級の判定は,精神科医,児童相談所職員,学校関係者などによって構成される登校拒否治療教育推進委員会において行われている。しかし,不登校児の中には様々な身体症状や精神症状を有する者も少なくなく,学校側だけでは十分に対応することが困難で,精神科に対して治療や助言が求められることが多くなっていた。このような状況から,学校と連携しながら思春期の子どもたちが気軽に受診できる精神科の必要性が高まったために,当科では1991年1月から思春期外来を開設し,思春期患者の診療にも携わってきた。北海道北部地域の精神科において,思春期外来を開設している医療機関は当科だけであり,この地域の思春期精神科医療において非常に重要な役割を担っていると考えられる。

 今回我々は,思春期外来開設後6年間の外来診療統計を集計したので報告する。

私のカルテから

興奮性舌炎の1例 安陪 光正
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 舌炎の原因には,①感染症,細菌あるいはウイルス感染によるもの,アレルギー・毒物・全身的疾患に伴う二次的のもの,②薬物により誘発されるもの(鎮痛剤・降圧剤・抗生物質・抗腫瘍剤・重金属・抗けいれん剤・抗マラリア剤・ペニシラミンなど),③栄養異常に由来するもの(ビタミンB12・鉄・葉酸・その他のビタミンなど)が挙げられている5)。文献を調べたが,舌炎の原因として興奮を挙げる者はない。

 精神障害者の興奮は,激しくかつ持続的である。分裂病における精神運動興奮や躁病性興奮,あるいはうつ病における強い内的不穏などにおいても舌炎がみられた。それは抗精神病薬との相関がなく,興奮と並行するものであった。このような経験から,興奮によって起こる舌炎を,筆者は興奮性舌炎と名付けた3,4)。今回は,興奮性舌炎の経過観察中,初めに厚い舌苔を生じ,それが数日にして落剥し,牛肉様赤色舌(興奮性舌炎)に変化してゆく6例を経験したので,その代表的1例を紹介する。

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 肝硬変症に伴ってMRI-T1強調画像で淡蒼球を中心に高信号域がみられることが近年報告されている1)が,この高信号域の存在と臨床症状の出現との関連は必ずしも明らかではない。我々は肝硬変を伴うアルコール性コルサコフ症候群の患者に,淡蒼球に加えて,それに連続して大脳脚,黒質,マイネルト基底核周辺に高信号域を示した症例を経験した。本症例でみられた高信号域は広範囲に出現しているにもかかわらず,高信号域に対応する神経症状および肝性脳症は出現していなかった。若干の考察を加え報告する。

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 初老期以降発症のいわゆる遅発性精神分裂病については多くの議論があるが,薬物治療に関する報告は数少ない。筆者らは,少量のピモジド(オーラップ®)により著明な幻覚妄想の改善をみた症例を経験したので報告する。

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 第9回国際精神生理学会議(IX th World Congress of Psychophysiology)が1998年9月14〜19日にイタリアのシシリー島にあるタオルミーナという保養地で開かれ,私はその会議に出席する機会を得たので印象などをまとめ,会議の内容についてご紹介したい。国際精神生理学会議(International Congress of Psychophysiology;I. O. P.)は名前のごとく精神生理学に関する唯一の国際学会であるが,国際精神生理学会と言わず国際精神生理学会議と言うのは,この会議が各国,各地域の精神生理学に関連する学会が加盟する学会の連合体という性質の機構であるからであり,国際連合(国連)の掲げる人類の健康と福祉を達成するための機構という位置づけの国連の1組織という性格を持つからである。会議のこうした性格は会議のシンボル・マークによく表されている(図参照)。日本にも精神生理学に関連する国内学会がいくつか存在しているが,この会議に加盟しているものはない。

 それでは今回の学会の内容を紹介したい。今回の学会はIOPの副会長であるイタリア精神生理学会のChiarenza教授が主催して開かれた。学会には37か国500名の登録があり,日本からは35名の登録があって,登録者数ではイタリア,米国,ドイツに次いで人数が多かった。学会は14日の開会式の後,15日より19日午前中までシンポジウム,招待講演,教育講演,一般演題からなる内容で行われた。

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 1998年6月24日〜28日にわたり,Micheal O'Hara教授(Department of Psychology, University of Iowa)を会長としてMarcé Society Conference(後援:アイオワ大学,NIMH)がアイオワ市のホリデーインで開催された。米国での開催は1984年のサンフランシスコに次いで2回目である。

基本情報

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精神医学
41巻2号 (1999年2月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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