精神医学 39巻6号 (1997年6月)

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 先般の日本精神神経学会の評議員選挙で,日本精神神経科診療所協会(日精診)の組織票が動員され,同会の多数の精神科医が当選したと話題となった。それは日精診という利益団体の組織防衛のための行為だと批判する向きもあるようだが,私がかつて開業していたから言うのではないが,それは的を射ていないと思う。日本の精神科医の中では,彼らが最も社会の変化と連動して病態も移り変わることを肌で感じ,それに適った治療のあり方を模索していて,そこでの日常の臨床体験から今の学会や精神医学の動向はこれでよいのか,という危機感を抱いたからである,と私は考える。

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■はじめに

 精神分裂病の病因を脳の病理形態学的異常に求める研究は今世紀の前半までは盛んに行われ,多くの見解が提出されたが,そのほとんどは分裂病での特異性が証明されなかったために,この方面からのアプローチは廃れていた。1980年代以降になって,再び形態学的変化が注目されるようになったのは,CTやMRIによる形態,およびPET,SPECTなどによる機能画像診断法が導入され,分裂病脳での形態異常が報告されたことに負うところが大きい。当初,画像所見に対応する形で再び死後脳での検索がなされ,形態計測,統計処理,蛋白・分子レベルでの解析などの手段の導入から新たな知見が得られた。その中から導き出された有力で説得力のある仮説は,中枢神経系の発達障害に基づく形態異常である。分裂病が単一因子による疾患である証拠はなく,その症状や病態の多彩さ,遺伝負因の有無,経過の相違,治療反応性の相違などの多様性からは,むしろ多因子疾患である可能性を強く示唆している。脳の粗大な器質性疾患がしばしば分裂病様症状を呈することからみても病因の1つとして脳の病理形態学的異常を追求することは重要である。

 分裂病の形態学的研究の対象領域はほとんど全脳領域にわたっているが,近年の研究の焦点は側頭葉内側部・辺縁系と前頭葉の2領域に向けられている。海馬領域を中心とする側頭葉内側領域の形態計測学的研究からは発達障害仮説が提唱された。一方,精神分裂病と前頭葉障害の関連はすでにAlzheimerやKraepelinの時代から指摘されている。前頭葉障害を示唆する分裂病の陰性症状に加えて,近年になって神経心理学,機能画像研究,神経伝達物質の研究,形態学的観察などから得られた多岐にわたる前頭葉の異常を示す知見が集積されるに及んで,前頭葉は側頭葉内側部・辺縁系と並んで重要な領域となった。特にここ数年は前頭葉が病理解剖学的研究の中心となっている。

 この総説では分裂病の形態学的研究の概要と展望を述べる。最初に形態学的研究全体を紹介し,次いで側頭葉内側部・辺縁系と前頭葉の2領域に焦点を絞り,都立松沢病院と当部門の分裂病の病理形態研究グループによる研究成果も含めて紹介する。

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 【抄録】感情表現された音声を音響分析し言語による感情表現能力の客観的評価を試みた。対象は分裂病患者40名(解体型男女各10名,妄想型男女各10名)と健常対照群40名(男女各20名)であった。実験課題は同一音による感情表現部分を含む朗読課題と同一音のみによる感情表現課題であった。実験方法は各音の持読時間,振幅,基本周波数を測定し,それらをパラメーターとして用いた。妄想型では男女とも朗読課題においては感情表現が単調であるが,単音のみの感情表現課題においては変化に富む結果になった。一方,解体型においては男女ともいずれの課題においても変化の乏しい傾向にあった。このことに基づいて分裂病者の感情平板化について検討した。

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 【抄録】近年,緊張病状態を呈する患者の多くが気分障害の経過をたどることや,緊張病状態に対するbenzodiazepineやECTの有効性が再認識されるようになり,DSM-Ⅳでも,「緊張病性の特徴を伴うもの」という特定用語が気分障害の診断に盛り込まれた。我々は,緊張病性の特徴を伴う双極性障害と診断される8例につき症例を提示するとともに,これらの症例の臨床的特徴を緊張病性の特徴を伴わない双極性障害の症例51名と比較した。緊張病性の特徴を伴う双極性障害患者では,罹病期間が長く,双極Ⅱ型が多く,うつ病エピソードで入院した者が多かったが,男女比,年齢,遺伝負因,発症年齢,急速交代型の有無には差はみられなかった。こうした患者は,臨床においてしばしば遭遇するものであり,診断学において二大精神病論や非定型精神病の疾病論に問題を提起してきたものであるのみならず,治療学においても,重要なものである。

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 【抄録】フランスでは1994年3月1日より,新刑法典が施行された。この新刑法典は旧草案において濃厚であった「新社会防衛論」を退け,自由刑代替システムを大幅に取り入れ,刑の個別化,人道化を指針としたもので,ドイツなどとは異なり,本格的な治療処分は導入しなかった。新刑法典では「刑事責任能力」の用語が採用され,「限定責任能力」も同122.1条第2項に明確に規定され,旧刑法の責任能力の「生物学的規定」から「弁別能力」,「統御能力」をも考慮する「混合法的規定」へと変化した。このため,いわゆる自由意志の「可知論的」立場が支配的傾向を強めることが予想される。鑑定においては犯罪学的診断(危険状態,予後,処遇や治療方法)が重視され,フランスは世界で最も厳密な精神鑑定能力を必要とされる国の1つとなった。欧州各国で刑法改正が進行中であり,フランスの普遍性の中に独自性を示す改革は注目される。本論ではフランス刑法典と司法精神医学,精神鑑定理論を論じ,新刑法典下でのこれらの特徴と問題点を分析した。

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 【抄録】アルコール症者46例と健常対照者21例の頭部MRIを用いて面積測定法により脳の萎縮,拡大を比較検討した。その結果,アルコール症群は健常対照群と比較して皮質系,脳室系とも有意に萎縮または拡大を認めた。各部位別面積と臨床症状との関係を求めたところ,年齢は前頭葉および側頭葉と,飲酒期間は前頭葉および側頭葉と,離脱せん妄は側脳室および第3脳室とそれぞれ有意な相関を示した。アルコール症群の22例にMRI-T2強調画像上多発性に高信号域が認められ,高信号域を有する群は長谷川式簡易知能評価スケールの得点が有意に低かった。これより,知的機能の低下したアルコール症者には高率に脳血管障害合併の可能性が示唆された。

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 【抄録】入院治療に至った重症の20例の女性の摂食障害者に構成的文章完成法(K-SCT)を施行し,その結果を健常対照者と比較し,統計的検討を行った。

 摂食障害者群では健常対照群と比べ,性や愛情に対する否定感情が強く,これが性的同一性,自我同一性の障害の基本となっていると考えられる。また世間一般の人に対する否定感情が強い一方,世間からの攻撃に対しては積極的にこれを受け入れる特徴がある。ここには恐れを抱きつつも攻撃は受容するという形の一種のマゾヒズムがうかがえる。さらに,不安の原因を自己の表面的な要因に帰着させる傾向がある。すなわち,内向的ではあるものの,内省よりも具体的な身体レベルに問題を見いだす傾向がある。

 K-SCTの結果から抽出された成熟や愛情の否定,社会の批判への迎合性,葛藤の身体レベルでの処理の傾向などの特徴は,重症化した摂食障害者の心性の基本的要素に当たることを指摘した。

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 【抄録】盗害妄想症5例(妄想症群)と盗害妄想がみられた痴呆患者6例(痴呆群)の,社会心理学的背景を検討した。病前性格は,妄想症群では「世話好き」「働き者」であったが,痴呆群では一定の傾向はなかった。妄想の発症時期は,妄想症群では全例発症前からの,慢性の身体疾患の悪化による生活行動範囲の制限と対人交流の狭小化のみられた時期に一致し,痴呆群では全例痴呆発症後であった。妄想対象は妄想症群は全例とも特定の近親者であったが,痴呆群では不特定であった。以上から,老人の盗害妄想症の発症機制として,「世話をする自分」から「世話をされる自分」へ推移する状況で,本来頼りにすべき近親者が妄想対象となる過程が指摘された。

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 【抄録】1990年に発表された睡眠障害の国際分類では睡眠相後退症候群(Delayed Sleep Phase Syndrome;DSPS)には2つの下位診断すなわちDSPS—外在因型とDSPS—内在因型が設けられている。今回,入院と同時に正常な睡眠覚醒リズムを呈したDSPSの2症例を経験した。両症例とも直腸温リズムには異常を認めず,各種心理検査においても共通する所見は認められなかったが,生活歴や社会心理学的機制より強い環境依存性を認めた。このことから,両症例に認められた睡眠覚醒リズムの異常には環境因子が大きく関与しており,DSPS—外在因型と診断された。なお,両症例とも神経症やその他の精神神経科的疾患の合併は認めなかった。

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 risperidoneはドーパミン2受容体拮抗作用とセロトニン2受容体拮抗作用を併せ持つ非定型抗精神病薬の1つである。特に精神分裂病の陰性症状に対する効果が期待され,最近本邦においても使用可能となった薬物である。

 今回筆者らは,risperidone投与中に顔面および足背に浮腫を生じ,さらに全身の皮疹や喘鳴を呈した症例を経験したので,若干の考察を交じえ報告する。

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 近年MRIの普及により,従来の画像検査では診断困難であった白質病変が明らかになりつつある。今回我々は多量飲酒およびヘロイン乱用後に間欠期を経てMRI上白質脳症を呈した1例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

私のカルテから

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■症例

 36歳,女性,無職。

 家族歴・既往歴 特記すべきことはない。

 生活歴 同胞3人で姉,妹がいる。12歳の時に母親が脳出血にて死亡。高卒後就職するが発病し退職,以後定職にはついていない。24歳の時に父親が心筋梗塞にて死亡。

 現病歴 16歳の時に祖父の死,父親の大けがのあと不眠・多弁の躁状態となり入院した。3週間で安定し退院したが,2週間後うつ病性昏迷状態となって再入院し2か月間の療養を続けた。その後2年間外来通院はなく高校を卒業し就職した。

 19歳の時に暴行を受けたと訴えて躁状態となり2か月半入院治療を受けている。20歳の時に誘因なく昏迷状態となり入院後躁状態となる。多弁で易刺激的であり混乱して裸になる行為がみられていた。症状軽快して退院し1年ほどはアルバイトをしていた。

 この後も多弁多動状態・将来を悲観して不安抑うつ状態になるなどと頻繁な気分の変動がみられ入退院を繰り返していた。このころ薬物はhaloperidol 9mg,levomepromazine 150mg,amitriptyline 75mg程度で安定していた。電気けいれん療法も併用していた。

 28歳の時以後は気分の変動が激しく薬物が奏効せず,8年間にわたって入院治療を受けている。前記薬物以外にchlorpromazine,propericiazine,lithium carbonate,carbamazepine,sulpiride,maprotiline hydrochloride,amoxapine,sodium valproate,acetazolamideが用いられた。

 34歳ころ消防・警察へ電話を頻繁にかける。治療者への暴力,夜間覚醒して騒ぐなどの行為が続く。この当時薬物はlevomepromazine 300mg,haloperidol 9mg,ほかにcarbamazepine 700mg,primidone 2g,acetazolamide 600mgを1日量として使用していた。しかし安定せず,primidoneを中止してreserpine 0.6mgを付加しやや鎮静化がみられた。しかし不眠が連日続き,夜間に非常ベルを押すという行為が認められてきた。自分の言い分を通そうとして暴力行為が続き,放尿・弄便までみられた。睡眠がやや安定したかと思うと,食事にソース・?油をかけて食べては吐くようになったりした。この間の行動についての健忘はない。

 acetazolamide,levomepromazine,reserpine,haloperidolを中止としzonisamide 100mgを付加し以後400ngへと漸増した。zonisamideを使用し始めてからは夜間やや動きがあるも日中は感情面では穏やかになり睡眠が安定してきた。100mgずつ漸増するにつれ易刺激性・易怒性がなくなり問題行動がみられなくなってきた。金銭に無頓着であったのが計画を立てての買い物が可能になり,更衣・洗濯などもするようになって7年ぶりに姉宅へ外泊をした。以後2年間気分の変動はみられていない。しかし本人に不安があり,入院は継続している。現在使用している薬物は,zonisamide 500mg,carbamazepine 600mg,propericiazine 20mg,nitrazepam 10mgである。

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 日本学術会議は,「わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達を図り,行政,産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的」として設立されています。その重要な活動の1つに研究連絡委員会(研連と略す)を通して「科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること」が挙げられています。この研連の1つに「精神医学研連」があります。第16期から故島薗安雄先生に代わって小生が皆様のご推薦により学術会議会員に任命されましたので,精神医学研連の委員に次の方々になっていただきました。すなわち,浅井昌弘(慶應義塾大学医学部),小島操子(聖路加看護大学),後藤彰夫(葛飾橋病院),鈴木二郎(東邦大学医学部),早川和生(大阪大学医学部),町山幸輝(群馬大学医学部),山崎晃資(東海大学医学部)と大熊輝雄(国立精神・神経センター)であります。精神医学研連はその活動の1つとして,第13,14,15期にわたり,精神医学またはその近縁領域に属する40〜50の学会・研究会の活動状況をそれぞれ短くまとめて本誌に掲載してきましたので,今期も掲載を継続することにしました。読者の皆様のお役に立てば幸いであります。

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 井上ら4)は,治療抵抗性うつ病について非常に適切な判定基準と治療指針のアルゴリズムを提供してくださいました。これによると,2種類以上の作用機序の異なる三環系または四環系抗うつ剤の十分量かつ十分期間の投与に反応しなかった症例を治療抵抗性と定義し,このような症例には,まずlithiumの追加,それでも改善がみられなければbromocriptineの追加,それでも改善がみられなければ甲状腺ホルモン剤の追加を推奨しています。

 井上らが述べているように治療抵抗性のうつ病にlithiumを追加・併用することが有効であることは多くの無作為化対照試験(randomized controlledtrial;RCT)で確認されており,また多くのRCTを統合したメタアナリシス2)でも示されています。治療抵抗性のうつ病の一部では甲状腺ホルモンを追加することも有効であることを示すRCTがあり,複数のRCTのメタアナリシス1)が発表されています。しかるに,治療抵抗性のうつ病におけるbromocriptine追加の有効性については,逸話的・散発的な報告がなされているにすぎないようで,筆者は1970年以降のMEDLINE検索によっても治療抵抗性うつ病へのbromocriptine追加を検討したRCTは発見しえませんでした。

基本情報

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精神医学
39巻6号 (1997年6月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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