臨床検査 64巻10号 (2020年10月)

増刊号 がんゲノム医療用語事典

はじめに 柳田 絵美衣
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 「プレシジョンメディシン」とは,患者1人1人に合わせた治療を行う“オーダーメイド”的な医療を指します.わが国でも,がん領域におけるプレシジョン・メディシンである「がんゲノム医療」が始まりました.オーダーメイドの服を作るときの道具としてメジャーを欠かすことができないように,がんゲノム医療では“がんゲノム(遺伝子)検査”を欠かすことができません.

 がんゲノム検査は,その患者に効果が期待できる薬剤や,エントリー可能な治験情報を探し出し提供することを目的とします.そして,その検査結果はがん患者にとって未来をつなぐ重要な情報であるため,われわれ医療従事者は正しい情報と知識をもち,患者に正確に伝え,医療を提供しなくてはなりません.

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 ゲノム異常と分子標的薬の関連性を理解するためには,シグナル伝達経路などの生体分子と生化学反応を知る必要がある.生体内では多くの分子が,お互いに関係性を有しており,本来の役割をそのまま図に示すと非常に複雑になる.よって分子標的治療薬と対応するゲノム異常の理解の一助になるよう簡略化したカスケード図を示し,ともに国内で承認または臨床試験が試みられている分子標的薬を一覧にした(図1,表1).分子標的薬の主な作用機序に関しては,その多くが試験管内での検討,前臨床試験で示されたものであり,必ずしも生体内で同様の反応を示すわけではない.同じゲノム異常でも原発部位の相違や他の遺伝子異常との組み合わせによっては期待される効果が得られない場合もある.また逆により大きな効果を示すこともあることから,ゲノム検査と分子標的薬,遺伝子異常の意味を理解した腫瘍内科医や分子病理専門医の助言を得ることが,エキスパートパネルにおける推奨治療選択において非常に重要である.

1.がんゲノム医療の全体像 柳田 絵美衣
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現在の個別化医療

 わが国でこれまでに行われてきた遺伝子異常に基づく個別化医療は,決められた臓器に発症したがんにおいて,1つの遺伝子の異常に対して治療薬(分子標的薬)を選択するものである.乳がんにc-erbB-2の変異が見つかれば,ハーセプチン®(トラスツズマブ)を選択し,保険診療内で治療に用いることができる.このような分子標的薬の投与の可否を判定する検査がコンパニオン診断薬と呼ばれるもので,多くの症例で使用されてきた.しかし,乳がんではない他の臓器のがん,例えば肺がんで同じc-erbB-2の遺伝子変異が見つかっても,ハーセプチン®を選択することはできない.つまり,わが国では,がんの発症臓器ごとに選択できる薬剤が決められており,他の臓器では使用することができないのである(図1).また,それ以前に肺がんにおいてc-erbB-2変異の検査を受けること自体,わが国の保険診療では認められていなかった.しかし,がんゲノム医療の拡充を目指し厚生労働省は2019年5月に“がん遺伝子パネル検査”を保険診療の対象とすることを発表し,決められた条件をクリアすれば臓器を問わず遺伝子検査を受けることができるようになった.

 2020年5月現在,保険診療の対象となっているがん遺伝子パネル検査は“OncoGuideTMNCCオンコパネルシステム”(シスメックス社),“FoundationOne®CDxがんゲノムプロファイル”(中外製薬社)と“オンコマインTM Dx Target TestマルチCDxシステム”(ライフテクノロジーズジャパン社)である.機能的な面から“OncoGuideTM NCCオンコパネルシステム”と“FoundationOne®CDxがんゲノムプロファイル”は“ゲノムプロファイリング検査”と呼ばれ,がん発生に強く関連していることがわかっている数十〜数百種類の遺伝子の変異を一度に調べ,分子標的薬以外にも免疫チェックポイント阻害剤の効果予測や,登録可能な治験の情報などを見つけることを目的としている.

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がんゲノム医療中核拠点病院,がんゲノム医療拠点病院,がんゲノム医療連携病院

 がんゲノム医療の社会実装に向けた取り組みとして,国は2017年6月に,「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会報告書」で,適切なゲノム医療を提供するための施設の機能を具体的に提示した(表1)1).それを踏まえ,2018年4月から2年の指定期間として,がんゲノム医療の中核を担う医療機関を11施設指定した.これが“がんゲノム医療中核拠点病院”である.2020年3月30日に,第3回がんゲノム医療中核拠点病院等の指定に関する検討会において静岡県立静岡がんセンターが追加され,現在,12施設となっている(表2)2)

 がんゲノム医療中核拠点病院は,がんゲノム医療の提供において全ての工程を行える施設であり,がんゲノム医療をけん引する高度な機能を有する医療機関である.具体的には,患者説明(検査),検体準備,シークエンスの実施(外注可),レポート作成,エキスパートパネル(専門家会議),患者説明(結果),治療,研究開発が必須となる.

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生殖細胞系列遺伝子変異(germline mutation),体細胞遺伝子変異(somatic mutation)

 生殖細胞(精子や卵子)に遺伝子変異が存在するものを“生殖細胞系列遺伝子変異(germline mutation)”,生殖細胞以外の細胞(体細胞)に存在する遺伝子変異を“体細胞遺伝子変異(somatic mutation)”として区別する(図1).生殖細胞系列遺伝子変異は子どもや孫など次世代に受け継がれる(遺伝する)可能性があるが,体細胞遺伝子変異は遺伝しない.つまり,体細胞遺伝子変異はその人個人に起こるものであり,“ケガ”のようなものである.例えば,道で転んで足を擦りむいたとしても,そのケガをした人から生まれた子どもに,その足のケガは遺伝しない.体細胞遺伝子変異とは,このケガと同じように,その人個人だけがもつものである.

 ヒトは同じ遺伝子を2本もち,1本は父親(精子)から,もう1本は母親(卵子)から受け継いでいる.遺伝子修復に関連する遺伝子(特にがん抑制遺伝子)では,1本の遺伝子に変異が起こって機能を喪失していても,もう1本の遺伝子が正常であり機能していれば,がん化を抑制することが可能である.しかし,遺伝子に変異を生じている精子または卵子が受精した場合,生まれつき全身の細胞内の1本の遺伝子に変異(生殖細胞系列遺伝子変異)をもつことになる.つまり,正常に機能する遺伝子が最初から1本のみであり,スペアの遺伝子がない状態となっているため,正常に機能する遺伝子に変異が生じると,がん化する(図2).

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DNA断片化

 がんゲノム遺伝子パネル検査とは,がん細胞暴走の原因となる遺伝子領域(エクソン)を解析(シーケンス)することで原因となる遺伝子(ドライバー遺伝子)を見つけ出す検査である.解析する核酸(DNA)は次世代シーケンサーによって施行されるが,その方法は抽出された核酸(DNA)を一定塩基数(150〜300bp)の長さに調整(ライブラリー作製)後にターゲットを限定し,シーケンスする.ライブラリーを作製するためには元のDNA塩基数が一定程度の長さが必要である.短すぎるとシーケンスに必要なライブラリー濃度を得ることができず,シーケンスを開始することができない.DNA断片化は恒常的に発生しているが,検体採取後の操作や保管,取り扱いによって断片化が亢進する.使用する検体によって取り扱う者の配慮が必要となる.外的断片化の要因となるものに熱,紫外線,酵素,化学物質(ホルマリン,キシレンなど),時間などがある(図1).

 がんゲノム遺伝子パネル検査では主に,病理検査で過去に使用したホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed paraffin-embedded:FFPE)ブロックを用いる.FFPEブロックは組織形態保存性において優れた試料であるが,作製工程において先に記したDNA断片化の因子を全て含む試料でもある.切離後の固定までの冷虚血時間(切除から固定開始までの時間)や,FFPEブロック作製後の保管期間などの時間的要因,保管中・搬送時に曝される可能性のある紫外線などの光の要因である.特に化学物質による影響は大きく,固定工程で使用するホルムアルデヒドは核酸と蛋白質のアミノ基間でmethylene架橋形成する.この架橋構造は固定時間が長くなればその密度が増加する.架橋構造が形成されるだけでDNA断片化の発生はなく,核酸抽出工程やライブラリー作製工程における加熱処理によって架橋構造付近で核酸が離断される.

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QC(quality check)

 2019年に一部の網羅的がん遺伝子パネル検査〔FoundationOne®CDxがんゲノムプロファイル(中外製薬社),OncoGuideTM NCCオンコパネルシステム(シスメックス社)〕が保険収載され,検査数が増加している.使用する検体は,摘出臓器などを半永久的に利用できるように加工されたホルマリン固定パラフィン包埋(formalin fixed paraffin embedded:FFPE)ブロックである.形態保持に優れたFFPEブロックではあるが,核酸品質については作製時の操作方法や保管状態に大きく左右される.特に固定状況(詳細な冷虚血時間や固定時間,使用した固定液など)による影響は大きく,その時々の扱い方によっては核酸品質の低下が懸念される.

 ゲノム診療に使用する核酸抽出試薬は標準化された市販薬を使用することが望ましいとされているが,キット間での純度や収量に差異がある.「ゲノム診療用病理組織検体取扱い規程」1)においては,がんゲノム遺伝子パネル検査前には,使用する核酸の品質確認(quality check:QC)が推奨されている.核酸のQCを行うことを推奨する理由は第一に,解析結果の信頼性である.解析する核酸の品質を事前に知ることで,不確かなデータに対して検体品質面から適正な対応をすることが可能である.第二に,結果返却までの時間(日数,turn around time:TAT)の短縮である.品質不良や核酸収量不足情報を得ることで,他のパネル検査や遺伝子解析検査,収量不足による追加薄切や核酸濃縮などの措置を行うことで検査エラーによるTAT延長を防ぐことができる.

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ターゲットシークエンス(ターゲットエンリッチメント)

 ターゲットシークエンスは,その名の通り,目的の遺伝子であるターゲットに読む範囲を限定し,DNA配列を決定する手法のことである(図1).ターゲットエンリッチメントとも呼ばれる.“標的領域のDNAを増幅し配列を決定する”という意味で理解していただいて差し支えない.領域を絞ることで,その領域のみを深く読めること(high depth)から,感度を上げて変異を検出することができるようになり,結果の信頼性が上がる.

 ホルマリン固定パラフィン包埋(formalin fixed paraffin embedded:FFPE)検体由来のDNAなど,固定後修飾,核酸断片化が進行しているようなサンプルを使用する場合はhigh depthに解析し,検出した変異の信頼性を得ることが重要である.読む遺伝子領域の長さと解析コストは比例するが,複数サンプルの特定領域のDNA配列を読むことで低コスト,ハイスループットの解析が可能になる.

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バイオインフォマティクス

 バイオインフォマティクスは,日本語では生命情報科学と訳される科学技術分野名称である.biology(生命科学)とinformatics(情報科学)の融合分野の意味で“バイオインフォマティクス”(bioinformatics)と称されている.

 バイオインフォマティクスが対象とする領域は,①DNAやRNAの核酸配列解析,②蛋白質の配列類似性解析による機能予測,③遺伝子や蛋白質の発現解析,④細胞の代謝ネットワークやシグナル伝達ネットワークのシミュレーション,⑤蛋白質やRNAなど機能分子の立体構造を解析する構造生物学,⑥それらを解析した情報を集積して新たな知見を得るためのデータベース分野,⑦それらの解析やデータハンドリングに必要なソフトウエア開発など非常に多岐にわたる.

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標準治療

 標準治療とは,患者のがんの進行度(ステージ0〜Ⅳの5段階)を臨床症状・血液検査・画像診断・病理診断に基づいて決定し,そのステージに対して科学的根拠(臨床試験の治療成績など)がある,現時点で最良と考えられている治療を行うことをいう.標準治療についてはがん種ごとに各学会から発行されている「がん診療ガイドライン」で紹介されていることが多い.がん治療には“手術療法”,“薬物療法”,“放射線療法”の大きな3つの柱があり,これらを組み合わせて治療を行うことを“集学的治療”と呼ぶ(図1).がん治療の目的はがんを治す(根治)ことであるが,根治が難しい場合でもがんの進行を抑えたり,がんによる症状を和らげる(緩和)目的で治療が行われる.

9.二次的所見に関する用語 浦川 優作
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遺伝学的検査

 遺伝学的検査を説明するに当たり,まず,はじめに医療として実施される遺伝子検査の分類について紹介する.

 遺伝子検査は大きく分けて①病原体遺伝子検査,②体細胞遺伝子検査,③遺伝学的検査(生殖細胞系列遺伝子検査)の3つに分類される.病原体遺伝子検査は,主に感染症を引き起こすウイルスや細菌などの病原体の核酸を検出することを目的とした検査である.体細胞遺伝子検査は,ヒトのがん細胞や組織の体細胞のみに認められる後天的な遺伝子の変化や構造異常を調べる遺伝子検査である.一方,遺伝学的検査はヒトのゲノムやミトコンドリアにある,もって生まれた遺伝情報を調べる遺伝子検査である.ヒトを対象に行われる遺伝子検査には,体細胞遺伝子検査と遺伝学的検査があり,両者はヒトのゲノムを解析するという点では同じであるが,目的や特徴は全く異なるため明確に区別することが重要である.

巻末付録 やなさんのがんゲノム医療よもやま講座

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関わる職種/がんゲノム医療の流れ/具体的な業務内容

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 がん遺伝子検査を受ける患者は,初めてのこと,知らないことが多く,大きな不安を抱えている.医療面接は,自身の病気,そしてこれからの検査・治療の理解を深めてもらう意味でも大変重要なプロセスとなる.本稿では,医療面接の大まかな流れと,欠かすことのできない確認事項を説明する.

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 がんゲノムプロファイリング検査において,最も煩雑かつ重要な作業工程が“ライブラリー作製”である.本稿では,少しでも効率よく,正確に作業を行うために,明日から使えるちょっとしたコツ・ポイントを紹介する.

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 遺伝子関連検査は,微生物学的検査の病原体遺伝子検査や,血液学的検査の染色体検査・生殖細胞系列遺伝子検査・体細胞遺伝子検査,病理学的検査の体細胞遺伝子検査として,各検査の一部として取り扱われてきた.しかし,2018年に遺伝子関連検査だけが独立し,新たな一次分類として“遺伝子関連検査・染色体検査”として扱われるようになった(図1).

 これに伴い,遺伝子関連検査・染色体検査が一次分類となり,責任者の配置や内部精度管理の実施や第三者認定の取得が必要となった.現在の遺伝子関連検査・染色体検査の第三者認定として米国病理医協会(College of American Pathologists:CAP),公益財団法人日本適合性認定協会(Japan Accreditation Board:JAB)などがある.本稿では,JABによる認定「ISO 15189」における遺伝子関連検査・染色体検査について,「5章 技術的要求事項」を中心に,5つのポイントを中心にご紹介したい.

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臨床検査
64巻10号 (2020年10月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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