臨床婦人科産科 11巻13号 (1957年12月)

特集 麻酔の進歩

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 筆者が直接に関係した明治末年からの,主として我国産婦人科領域に於ける麻酔法進歩の過程を叙述する。

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Ⅰ.いとぐち

 ここ数年の外科の発達を見ると,以前には殆んど考えられなかった手術,殊に直接生命の維持に大切な器官への侵襲が普通に行われているのに驚く。之は,医学の進歩に伴い,数々の隘路が次々に克服された結果で,麻酔法の進歩も,その重要な一部を占めるものである。その上更に,麻酔法殊に吸入麻酔の進歩が,手術侵襲を拡大し,且容易ならしめている事実は現在何人も疑はない。

 然し,之等の特定の手術は,未だ二,三の特殊の領域,及び,特定の病院に限定されていて,一般には之迄不可能であった手術が,麻酔の発達によって可能となつたという例は意外に少ないのではないかと思う。事実外科以外の人々に,新しい麻酔の恩恵を尋ねても,手術が安心して,ゆつくり出来る様になつたというだけで特殊の例を除いては,従来と異つた手術が可能となったという答に接することは少ない。独乙流の教育を受けて来たわが国の外科医(この場合は広くMesserseiteの人を意味する)は極めて不利な条件下で,殆んどすべての手術を行うべく教育されて来たので,一般にはそれ程ひどく痛痒を感じなかったのであろう。之まで一かどの外科医になるためには,長年の殆んど徒弟修業ともいうべき訓練が必要であったし,所謂名人芸が尊ばれたのもそう古いことではない。

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 麻酔(全身)現象は,種々の薬剤によつて惹き起される意識と痛覚との消失を主とする症候群であつて,必ずしも単一の機作によつて起るものではないようである。従来の麻酔学説が夫々優れた点を持ちながら凡ての人を納得させ得なかつた大きな理由は,一つの理論のみによつて,あらゆる麻酔現象を説明しようとしたところに無理があったためではなかろうかと筆者は思う。

 生体の中でも殊に複雑を極めた中枢神経の作用機序に就いては,現在でも判つているのはそのホンの一部に過ぎず,大部分は未知の分野に属している。そして,生理的作用機構さえよく判つていない現在,中枢神経の可逆的な抑制現象である麻酔の本態など,どうして知り得ようか。早い話が,脳内アセチルコリン一つをとりあげてみても未だ決らないこと,判らないことだらけであり,又最近では,アセチルコリンよりも寧ろセロトニンやノルアドレナリンが脳内自律神経の伝達物質であろうという説1)2)なども出てくる有様で,将来これら脳内伝導物質に関する諸種の説がinteg-rateされて,略々定説に近いものとなった時,麻酔の理論も完成に近づくのであろうと思われる。

腰椎麻酔の理論 野嶽 幸雄 , 木戸 明
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まえがき

 腰椎麻酔(以下腰麻と略)はAugust Bier(1898)1)により創始されたが忽ちにして多数の支持者を得た。特にTuffier(1900)2)の熱心な唱道により急速に普及し,以後種々の改良を経て,今日なほ腹部手術時麻酔法として正座を占めている。只1回の注射により広範に亘る確実な麻痺(無痛と筋弛緩)が得られる点は,その最大の魅力であるが,その極めて簡単直裁な事実の故に却つて腰麻の理論的追求の努力を怠らしめた傾向も蔽い難い。

 Leriche(1928)4)は,従来生理学者の関心を余りひかなかつたことは腰麻にとつて非常な不幸であつたといい,Krapeer(1932)3)は,腰麻は最初から余りにも簡単に普及し,無条件に認められ過ぎたため基礎的検討に乏しく,新たな臨床報告の発表される毎に適応,禁忌の変更を余儀なくされる矛盾撞着を重ねたと述べている。

麻酔学及び麻酔医の独立 綿貫 喆
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 痛みから逃れようとする試みはおよそ人類が始まつた時から行われて来た。原始人でさえも打撲を受けると冷水でひやしたり,また疾病にかかると祈祷によつて治そうとしたらしい。また紀元前からすでにギリシャ,ローマ,エジプト,アラビヤあるいは中国においては,ケシ,ヒヨス,大麻,マンダラゲ等を用いて疼痛を和げていたという記載がある。手術の時の疼痛を無くそうとする試みもいろいろ行われたらしく,13世紀にすでにイタリーで催眠剤を用いて手術を行つたといわれている。しかし近代医学がルネサンス以後に大いに発展したと同様に麻酔の進歩の歴史においてもルネサンスの後に目ざましい発見が行われた。

 エーテルはすでに13世紀にRaymond Lulliusによつて発見され,15世紀に至りParacersusやValerius Cordusによつて再発見されていたが手術の際の無痛の目的には使われていなかつた。18世紀に至ると英国のJoseph PriestleyによつてCO2(年代不詳),O2(1771),笑気(1772)がつぎつぎに発見され,笑気はHumphry Davyにより,エーテルはその弟子であるMichael Faradyによつてその作用が研究され,ともに手術の際の無痛に用い得ることが暗示された。しかしこれらが実際に手術の際の無痛の国的をもつて用いられるにはなお相当の年月を要したのである。

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緒言

 前投薬(Premedication或いはPreanestheticmedication)に関しての知識及び薬剤の進歩はLabbe’,Guyonによつてモルヒンが1872年初めて臨床的に使用されてから始まるのであるが,それより以前1868年Green1)は吸入麻酔中にモルヒンを注射することにより麻酔によって起るショック,興奮,嘔吐を防ぐことが出来ると発表している。その後20世紀に至りCrile, Bredenfeld,Lundy, Leak, Beecher等の多くの研究を経て今日の前投薬の理論的基礎が形成されてきた。しかし使用薬剤は,近年迄モルヒンのみが使用されること多く,モルヒンに関しての研究は非常に進歩したのであるが他の薬剤については余り研究されずにいた。しかしこの数年来,種々な鎮痛剤,鎮静剤の出現により以前の前投薬に対する批判及び新しい前投薬の方法が発表されてきている。この様な現状において麻酔医,外科医,婦人科医等実際に前投薬にたずさわる者はその理論を解し,現在の多くの前投薬剤を安全に,そして目的にかなつた方法で使用しなければならない。

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 麻酔学実施上の特殊性として誰しもが感ずることは,麻酔中の患者の安全性が麻酔医の熟練及び適切な判断によるほか,麻酔器及び其の附属品が完全に機能を発揮するか否かが直ちに患者の生死を左右すると云ふことである。故に麻酔医は麻酔器の性能及び特徴に通暁し,且それを患者の状態或は手術の方法等に応じて適当に使い分けることが麻酔の安全性の第一条件である。

 現在本邦に於いて用いられている麻酔器は,輸入品では米国製のForegger, Heidbrink, Mc-Kessn,英国製のBoyle(British Oxygen Co.)独乙製のDräger,スエーデン製のAGA等があり,わが国でも建部青州堂,市河思誠堂,泉工社等で作つているが,概してHeidbrink, Dräger等と原則的に変りはない。

麻酔剤による発火と爆発 西邑 信男
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まえがき

 麻酔の実施にさいして,もつとも度外視されていながら,しかも,もつとも重要な問題の一つは,麻酔剤(麻酔に使用される液体及び気体をふくむ)による発火又は爆発である。手術場における,種々の不注意のためにおこる,これら麻酔剤の発火又は爆発ほど,あきらかに,医師側の手落ちをものがたるものはない。したがつて,次にのべる如く,非常に稀な事故であるにもかかわらず,いやしくも手術室に勤務している人々は,医師,看護婦とは問わず,一応心得ておかなければならない。

 特に終戦前までは,爆発性の麻酔剤は,エーテル及びクロールエチルであり,しかもすべて開放点滴法であたえられ,高圧の酸素も手術室で使用されることは少かつた。

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 腰椎麻酔の危険性が問題とされるのは,分娩期またはそれに近い妊婦であって,その殆んどすべては帝王切開である。

 妊婦に対する危険性を検討する前に,先ず非妊婦に対する危険性の起因を知らねばならぬ。

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緒言

 産婦人科手術は骨盤高挙にする関係上薬液の異常上昇を懸念され,従来低乃至等比重が使用されて来た。われわれの昨年度東京都内の56病院よりの調査では第1表の如く大部分低比重剤Perca-minLを使用されているが今日はかなり急速な高比重剤への転換者が増加している様である。さて北原に依つてのI131Isotope利用は少くとも注入当初の腰麻剤の態度を明らかにし,又分光光度計応用の髄腔内腰麻剤の微量定量が一部可能となり,注入後一定時間を経過すれば骨盤高挙とするも危険がなく,背臥位に於いて脊髄後根を充分に麻痺し,麻痺高の調節も或る程度可能となり,脊髄液に比し絶対高比重な高比重剤が不安定な比重の低比重剤に勝つている事が臨牀的にも指摘されている。われわれは数年来高比重の腰麻剤を臨牀的に比較検討し,馴れた低比重より理論的な高比重剤への転換を提唱し続け又高比重剤を最も理論的に有効且つ安全に使用出来る背臥位注入法を実施し,又各薬剤の長所をとり入れた混合麻酔の有利性を強調した。

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緒言

 Lemmon16)17)(1940)によつて始めて紹介された持続的腰椎麻酔法は単独腰麻法のいくつかの欠点を克服したが彼の紹介したMalleable NeedleTechnicにも2〜3の欠点がある。その後FoldesのContinuous drop Method3)(1944)を経て同年Tuohy36)37)は特殊のNo.17guage 8 cmHuber point Needleを考案しこれを通じて3 1/2F.Urethral Padiopaque Catheterを入れる事によってLemmon原法の欠点を補い,更にBoals2)はUrethral catheterに代るにPolye-thylene tubeを使用して略々完成の域に到達せしめSaklad24)(1947)は本法を使用してCon-tinuous Subarchnoid Anesthesiaへと発展せしめた。わが国では藤田6)7)の研究があり産婦人科領域では篠田33)の子宮癌10例に対する報告がみられる。近時吸入麻酔法が非常に普及したとはいえ産婦人科領域では手術部位が下腹部に限定されている特殊性から単独腰麻法,頚仙骨硬膜外麻酔法,脊髄硬膜外麻酔法等のConduction Anes-thesiaの優秀性は今更申すまでもなく,また設備費用手技の簡易性等の点からも吸入麻酔に優る幾多の利点が認められている。

麻醉と筋弛緩 北原 哲夫
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Ⅰ.緒言

 手術の種類によつてその程度に多少の差こそあれ,術中少くとも手術部位において筋が弛緩状態にあることが望ましいのは今さら多言を要しない。腰麻が理想的に効いた場合腹壁の筋が完全に弛緩して開腹術がやりよいことはだれしも経験がある。そもそも麻酔として要求される条件を分析してみると,これは決して単に手術部位を無痛にすることのみではなく,さらに患者の鎮静と筋弛緩という三つの要素から成立つており,この何れの一つに欠けても完全な麻酔とはいい難い。かつ今日ではこの三者をそれぞれに適した別な薬剤ないし別な方法を用いて目的を達し,それらの綜合結果として理想的な麻酔状態を得ようとする傾向にある。たとえば以前はエーテルの吸入法一本で全身麻酔をかけようとしたため,手術に支障ない程度の筋弛緩を得るには必然的に深い麻酔をかけねばならず,下腹部手術ではIII期の2相,上腹部手術にはIII期の3相までの深さを必要とした。それだけ患者の生理機構に及ぼす影響が大きく,全麻は患者の体力を最も要する麻酔法との観念が深くしみこんでいた。しかし今日ではたとえば盛んに行われる笑気,ペントタールに筋弛緩剤を併用する麻酔法について見ると,笑気の鎮痛作用,ペントタールの鎮静作用,筋弛緩剤による筋弛緩作用を各別に調整統合できる結果,極めて浅い深度でしかも手術に十分適した状態をもたらし得て息者に及ぼす悪影響が少く,全麻の安全度が著るしく高められたといえる。

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Ⅰ.Riskの意義,及びPoor Riskを形成する因子

 Riskとは,「危険」或いは 「危険を賭して行う」という意味である。

 麻酔に於けるPoor Riskとは,特に偶発症が起りやすく,患者の予後不良を考えさせられる状態である。即ち,高血圧や心臓疾患等の循環系合併症,肺気腫,喘息等の呼吸系合併症,或いは消化系,内分泌系等の,所謂,術前合併症の存在が問題であり,手術浸襲の程度,即ち心臓の手術,大血管の手術や,肺の手術等も重要である。この二つの因子が,患者の予後を判断する上に重要と考えられている。

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Ⅰ.まえおき

 強化麻酔は神経遮断剤を混合して各々の相乗作用を利用し,通常の麻酔薬の効力をたかめるのに役立っ。之等薬物の単独の作用量以下の用量の組合せで,お互いの薬理学的効果が強化され,単独では麻酔を得るのに不充分な少量の麻酔薬で,満足な麻酔状態に導入することが出来る。混合遮断剤の主力となるものは,クロルプロマジン・プロメタジン,ヂエタジン,ペカジン等のフェノチアジン誘導体である。フェノチアジン誘導体がこの方面に導入されたのは約10年前からにすぎない。そもそもフェノチアジン誘導体は抗ヒスタミン剤として合成されたもので,その薬理学的検討の過程で,自律神経系や植物神経系への効県が確認され,以後のこの方面の研究の発展が,今日の臨床への貢献を導いた。

 Bronchospasmはヒスタミン投与により実験的に誘発されることは周知の事実であるが,1947年,Lerman等はフェノチアジン誘導体の一つであるプロメタジンを投与しておくと,このBron—chospasmが抑制される事を認めた。一方Hal—Pern等はアドレナリン投与後の家兎の急性肺水腫に対し,プロメタジンが予防的に有効である事を観察した。Reuseはアドレナリンの生体に対する毒性が,プロメタジン投与により著しく低下する事を報告した。

ホルモン剤の麻醉作用 赤須 丈男
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 末期子宮癌の苦痛に対して大量の男性ホルモンが投与され,その結果として疼痛の緩和消失・体重の増加,食欲の亢進,爽快感の獲得などの好果が得られ,人によつては癌病巣自体に治癒的効果が得られたかに報ぜられたが,患者に直接接して得た私の印象は,男性ホルモン投与で,丁度モルヒネを投与した後のようなeuphorischの状態になるという点であつた。そして癌病巣を組織学的に検したところ,男性ホルモン投与前と連用後との間に著変はなく,要するに治つていないという事実が明かにされた。要するに,これは男性ホルモン大量投与による麻酔効果が大きく関与していると思われ,当時から私は1)その見解を述べてきている。

 けれどもステロイドホルモンの麻酔作用についてはすでにSelye2-5)の発見的業績がある。 Selyeはメス,オスのラットを5群に分け,夫々に,DOCA, Progesterone, Testosterone, Estra-diol, Cholesterolを夫々1.5ccの落花生油に35mg宛溶解し1回に腹腔内に投与した。その結果は15分後に於てDOCA, Progesterone投与メスラットは全部麻酔に陥り,オスは少数のみ麻酔された。Testosteroneでは1時間後にメスのみ麻酔に陥った。EstradiolとCholesterol投与では麻酔例をみとめなかった。

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緒言

 硬膜外麻酔法は1911年Cathelan1)により始めて仙骨部に行われたのであるが,麻酔効力が不確実のため用いられなくなり,Tuffier1)が同年腰部よりの硬膜外麻酔を試みたが成功率は少なかつた。 その後Dogliottiが手技を改善し,更にFidelpagesが正中線上で腰部硬膜外麻酔を行つたが,穿刺針が黄靱帯の抜けた感じを目標にした。この方法が色々と改良され,今日に見る方法に発達し,過去数年間にその伝達麻酔の優秀なる事を述べた論文が多く見られる。

 硬膜外麻酔法は治療的無痛法に用いられ,持続法を用うれば長期の無痛が得られるし,又知覚神経と運動神経の分離麻酔が可能である点,腰椎麻酔より広い適用を持つている。

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Ⅰ.はしがき

 産婦人科領域に応用される硬膜外麻酔Extra-dural Anesthesiaは,腰部硬膜外麻酔LumbalEpidural Anesthesiaと仙部硬膜外麻酔CaudalAnesthesiaとに区別される。此の両者の区別は針の刺入部が腰椎部であるか,仙骨裂孔であるかによるが,持続仙部硬膜外麻酔ではポリエチレンカテーテルを仙骨裂孔から5〜20cm椎骨管内を頭側に挿入するから,10cm以上の場合のカテーテルの先端は腰部硬膜外腔に達するので,単に持続麻酔の目的以外に腰部硬膜外麻酔と同じ目的で用いられる。

 硬膜外麻酔をわが領域に応用した本邦の報告は宮1)−3),高橋4)5),藤森6)7)津野8),森本9)及び小松10)等の比較的少数に限られているが,漸次その真価が認められる傾向にある。殊に麻酔医が麻酔を管理することが困難と老えられるわが国の現状では,腰麻と略々同じ程度の準備で,腰麻に較べて高い安全性と確実性があり,時に血圧降下が見られることを除いては,腰麻に見られるような副作用が殆んどない硬膜外麻酔,就中仙部硬膜外麻酔がわが領域で広く用いられることが望しい。現在同法が一般に普及しない最大の原因は,その手技が十分に理解されていないためと考えられる。近年宮,高橋,恩地11),大川12),稲田13)及び岩月14)等が手技について述べているが,細部については必ずしも一致していない。

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臨牀婦人科産科 第11巻 総索引
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件名索引

月経,周期,更年期

クロールプロマジンによる婦人自律神

経症の治験……………………………安井志郎…29

基本情報

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臨床婦人科産科
11巻13号 (1957年12月)
電子版ISSN:1882-1294 印刷版ISSN:0386-9865 医学書院

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