生体の科学 51巻6号 (2000年12月)

特集 機械的刺激受容の分子機構と細胞応答

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 最近,細胞の機械受容機構がにわかに注目されてきた。しかし生体の機械受容機構は決して新しい課題ではない。聴覚器,前庭器,皮膚機械受容器による意識的機械感覚,あるいは運動器の筋紡錘,腱紡錘,血管や内臓に分布する伸展受容器による無意識的機械感覚の研究はかつて感覚生理学の中心課題の一つであった。ところが,これらの機械感覚器は構造が微細で複雑なためにパッチクランプや分子生物学の適用が難しく,機械刺激を感知するイオンチャネル(機械受容チャネル)の研究は甚だしく遅れてしまった。しかし,このような不利な状況は,筋肉細胞でのパッチクランプによる機械受容チャネルの発見(1984年)以来大きく変化しつつある。つまり,パッチクランプの容易な非感覚細胞で次々と機械受容チャネルが発見され,一気にこの分野の研究人口が増大した。その結果,あらゆる細胞に多様な機械受容チャネルが発現していることがわかり,その生理機能や分子実体の解明に大きな関心が寄せられるようになったのである。

浸透圧と細胞の容積調節能 岡田 泰伸
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 動物細胞の容積は通常は固有の値に保たれている。血漿浸透圧の異常を伴う病的条件を除いて,細胞外液の浸透圧はほぼ一定に保たれているので,これは一見当然のように見える。しかし,細胞内には膜を透過できない蛋白質や核酸などの荷電巨大分子が存在しているので,常に膠質浸透圧による負荷がかかっている。また,細胞の生理学的活動に必ず伴われる代謝反応や物質輸送の変化は,浸透圧活性分子の数の変動による局所的浸透圧負荷をたえず生み出している。さらには,細胞膜の水の透過性は予想外に高く,浸透圧勾配に従って水はほぼ自由に細胞内外を出入りすることができる。にもかかわらず細胞容積はほぼ一定に維持されているのである。たとえ人工的に細胞内外に浸透圧負荷を与え続けても,浸透圧性容積変化が一時的に強いられた後に,元の正常容積へと復帰する能力を多くの細胞は有している1,2)。この細胞容積調節能の喪失は細胞死をもたらす。ネクローシスは持続性の細胞膨張とそれによる細胞破裂に,アポトーシスは持続性細胞収縮とその後の細胞断片化(アポトーシス小体形成)によって特徴づけられる3)

 本稿では,動物細胞にはいかなる浸透圧負荷がかかっているのか,これに応じて浸透圧性容積変化がいかに容易に強いられているのか,しかしその後に正常容積へと戻る能力をいかにして発揮するのか,そしてこの容積調節能の異常がどのように細胞死に関係するのかについて概説する。

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 われわれの体は200種類ともいわれる多様な細胞から構成されている。これら細胞には各々その細胞に特徴的な形質が備わるとともに,共通する形質も数多く備わっている。容積調節現象はこの共通する形質の一つである。さて,細胞を低張液(あるいは高張液)に晒すと一旦は膨張(収縮)するものの,細胞外液は低張液(高張液)のままであるにもかかわらず,細胞は元の大きさに復帰する。この現象は「細胞の容積調節現象」と呼ばれ,低張液に晒した場合の反応をregulatory volume decrease(RVD),高張液に晒した場合の反応をregulatory volume increase(RVI)という。本稿では,RVDにおけるシグナル伝達初期過程に関して,筆者らがMDCK細胞(イヌ腎由来の上皮様細胞)を用いて行った実験結果を中心に述べる。容積調節現象の全体像についてはほかの優れた総説1-3)を参照して頂きたい。

 RVDは一体どのような仕組みで起きるのであろうか。筆者らが最も知りたいのは,RVDという現象を引き起こす引き金の実体である。われわれは「細胞膨張と引き続く容積復帰に伴う細胞膜の張り具合,すなわち膜張力の変化がRVDの引き金である」という仮説を立て,この仮説を検証することを目標として実験を行ってきた。

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 細胞にとって,浸透圧,接触,液流などの機械的刺激に応答することは生命の誕生以来の,最初に直面した重要な問題の一つであったに違いない。いい換えれば,ホルモンや神経伝達物質などに対する応答機構の確立以前から,機械的刺激に対する応答機構は細胞に備わっていたと推測できる。このような応答機構の要は機械受容体であるが,形質膜に存在する機械受容チャネルは,とりわけ重要と考えられる。なぜなら,機械受容チャネルはそれ自体が機械刺激のセンサーであり,しかも細胞内にイオンを流入させることにより電気応答を引き起こし,細胞内にさまざまな変化を誘起することができると考えられるからである。さらに,もしこのイオンがカルシウム(Ca2+)であれば,脱分極だけでなくCa2+シグナルを発生させることができるであろう。

 機械受容チャネルは電気生理学的には十数年前より存在が確認されていたが1),その分子的実体はつい最近まで不明であった。しかし,昨年われわれは酵母のCa2+透過性機械受容チャネルの遺伝子を真核生物で初めて特定することに成功した。本稿ではこの研究成果を中心に解説し,合わせてごく最近のほかの生物の機械受容チャネルの分子生物学的発見について解説する。

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 機械刺激に対する細胞応答の機構を探るには,まず機械受容体の特定が必要である。現在細胞の機械受容体として正体が明らかになっているものは機械受容(SA)チャネルのみである。この中で,最もポピュラーで生理的に重要なのはCa2+透過性SAチャネルなので,当面はこのチャネルが主なターゲットになる。このチャネルをめぐる最重要課題は,分子実体と生理機能の解明である。ここでは後者にかかわる研究を紹介する。具体的には,機械刺激の受容から細胞応答に至るシグナル機構の解析である。まず,どのような対象を選ぶかが最初の問題である。生体中における機械刺激の性質が明瞭で実験的に再現できること,そして,それに対する細胞応答の生物学的意義が明瞭であることが望ましい。さらに欲をいえば,機械刺激に特有の面白さを備えたシグナル機構であれば申し分ない。このような条件を満たしている,周期伸展刺激に対する血管内皮細胞のリモデリング(形態再構築)のシグナル機構について,われわれの研究を中心に紹介したい。

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 血管内腔面を被う血管内皮細胞は“血流下”という特殊な環境に置かれ,常に“流れ”の影響を受けている。内皮細胞は血流そのものから,あるいは血液中に含まれる様々な成分から機械的・化学的刺激を受けると,それを生化学的情報に変換し情報伝達系を介して細胞内へ伝え,内皮細胞の生理的・形態的変化を引き起こす1)。さらにその結果として,内皮細胞の産生・放出した血管作動物質やサイトカインは,血管壁のトーヌス,凝固能,免疫応答を調節し血管機能を制御している。流れ負荷装置を用いて実験的に培養血管内皮細胞に流れ刺激を与えると,三量体G蛋白の活性化,細胞内へのCa2+の誘導,NOの放出やPGI2産生といった生理的初期反応に続いて,流れの方向に沿った細胞の伸長や細胞内アクチン系細胞骨格成分であるストレスファイバーの再構築が起こる。このような形態的変化は血管内皮細胞特有の流れ刺激に対する応答反応で,線維芽細胞などでは見られない。流れ刺激に対する血管内皮細胞の応答は,動脈硬化症や高血圧症に伴う血管性病変の発症に関与する局所的要因の一つとして臨床面からも関心が寄せられてきた。

 血管内腔を流れる血液から機械刺激として血管壁や血管内皮細胞に作用する力は,主に二つにわけて考えることができる。

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 その強度において程度差はあるものの,ほとんどの体構成細胞が受けている機械的刺激に対して各細胞がどのような応答反応を示し,本来の機能を遂行しているのかを知ることは今日的な興味あるテーマの一つであろう。本稿でとりあげる血管内皮細胞も外部から機械刺激を常時受けている典型的な細胞種である。これらの細胞では与えられた刺激に対して積極的に応答して独自の情報を発し,組織あるいは器官としての機能を制御している姿が最近の研究から明らかにされつつある。本稿に求められた内容は血管内皮における機械的刺激とストレスタンパク質発現の関係についての解説であるが,その発現機構について機械的刺激の面から調べた研究は見当たらないので,ここではわれわれが今までに携わってきた細胞骨格,特にアクチン線維の動態とストレスタンパク質発現との関係を中心に話を進めたい。

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 心筋細胞は,胎児期収縮という高度な機能をすでに果たしながらも活発に分裂増殖を続けているが,出生後間もなく分裂能を喪失する。そのため,心臓の成長は個々の心筋細胞の容積が大きくなるという肥大(生理的肥大)により行われる。高血圧性心疾患,弁膜症,先天性心疾患,肺性心などにおいて,過剰の血行力学的負荷が加わり,生理的肥大の範囲をこえて容積が増加した場合を病的肥大(単に肥大)と呼ぶ。絶えず多大なエネルギーを消費して収縮と弛緩を繰り返す心筋細胞では,骨格筋に比べて遺伝子発現やタンパク質の代謝がもともと大変活発であるが,肥大誘発因子により,タンパク質の合成がさらに亢進し心肥大を形成する。心肥大の形成時に,心筋細胞はタンパク質の合成を亢進させて量的に変化するばかりでなく,形質転換を来たして質的にも適応することもわかっている。例えば,収縮タンパク質のミオシンがエネルギー効率のよいアイソフォームへと変化したり,また利尿作用のあるナトリウム利尿ペプチド(ANP, BNP)の遺伝子発現が増加する1)

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 血管壁のリモデリングは血管壁間質の線維化および血管平滑筋の増殖・遊走によって起こる。血管平滑筋の増殖を促進させる因子としては多くの細胞増殖因子が上げられている。アンジオテンシンⅡ(Ang Ⅱ)はその中の一つであり,重要な因子として考えられている。流血中のAng Ⅱ濃度も重要であるが,血管組織のレニン-アンジオテンシン系(RAS)の亢進も重要な役割を担うと考えられる。血管壁組織におけるRAS亢進に作用する因子の一つとして圧刺激がある。心筋細胞を伸展させると,心筋内のAng Ⅱが放出されautocrine-paracrine機構によって細胞の増殖肥大が起こる。血管平滑筋細胞でも同様の機構が作用すると考えられる。

 本稿では血管平滑筋DNA合成に関与する圧刺激によるG蛋白質および情報伝達系の変化と,血管壁RASのリモデリングにおける重要性に関して述べる。

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 歯根膜は硬組織である歯槽骨とセメント質に挟まれた線維性の結合組織であり,強固に歯を顎骨の歯槽窩に保持する役割をもつとともに,歯に加わった咬合力や外力を顎骨に直接与えないように緩衝し,また両硬組織が直接擦れ合わないよう,物理的にクッションとしての役割を果たしている。日常の摂食行動での咀嚼時にかかる咬合力,あるいは歯列不正や歯ぎしりなどに起因する機械的刺激が,ある程度歯槽骨に加わっても損傷しないように働いている。

 歯周病の病型の一つとして過剰な咬合力によって引き起こされる咬合性外傷がある。咬合性外傷の病変は歯肉には発症せず,歯根膜,歯槽骨に起こる。高度に病態が進行すると,垂直性の歯槽骨の吸収をきたし歯の動揺を呈し,やがて歯の喪失を引き起こす。一方,歯列不正を矯正する歯科矯正治療の原理は,歯の移動方向に加圧することで圧迫側歯槽骨で骨吸収が起こり,移動と反対側すなわち牽引側では骨の添加が起こることを利用して歯を移動する。咬合性外傷,歯科矯正時のこれらの現象は,周期的伸展力あるいは加圧という機械的刺激が歯根膜組織に加わることで歯根膜細胞から炎症因子,骨吸収因子などが産生されることで説明されている。

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 海の中で浮力に支えられていた動物は,進化の過程で,海から陸へあがる際,生体の支持体として強固に石灰化した内骨格系が必須となった。また海水によるミネラルバランスの調節も陸上では不可能となり,ミネラル調節の役割を石灰化骨基質が果たすこととなった。

 生体の重量に耐える骨組織は,ビルを形造るコンクリートに似て,無機的な印象を与える組織である。しかし,骨切片標本を顕微鏡で観察した時,骨基質中には無数の小腔(骨小腔)が存在し,その中に細胞がひっそりと息づいていることを知る。それが骨細胞である。無数の骨小腔は骨細管と呼ばれる微細な管により結ばれており,骨細管の一部は骨表面にも開口している。骨細胞はこれら骨細管を通じて細胞突起をのばし,ほかの骨細胞や骨芽細胞,bone lining細胞と結合することにより,骨組織全体に高度に発達した細胞間ネットワークを形成している。

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 生物は地上にある限り,1Gという重力に曝されている。この重力が効果を最大に発揮するのは,地上で生物が行動する場合であり,水中では約1/6程度に減少する。また,睡眠や休息状態にあるときは,さらに重力の効果は減少し,寝たきり状態やギブスによる固定など,いわゆる,不動化状態が続く場合には,筋肉や骨格など運動にかかわる組織の主要部分に対する重力の効果は実質的にゼロに近くなる。すなわち,無重力に近い状況が作り出されていることになる。このような状態では筋肉・骨ともに萎縮するが,このことは,volunteerを用いてbed restの状態を強制的に続ける実験によっても確認されている1)。宇宙飛行士の骨量が宇宙滞在中に減少し,帰還一定期間後にはほぼ回復することもよく知られている2,3)。骨量は骨吸収(骨破壊)と骨形成のバランスにより維持されているが,メカニカルストレス(MS)の減少による骨萎縮(骨量減少)の原因は主として骨形成の抑制であることが明らかにされている4,5)。一方,地上においても,MSを負荷すると骨量が増加することがよく知られており6-8),この場合にも骨形成が刺激されることが確認されている。

 このように,MSの持続的負荷が一定期間内に繰り返されることが,骨の構造と機能の維持に必要であるが,このメカニズムを説明する仮説としてメカノスタット説(mechanostat theory)9)なるものが提出されている。

連載講座 個体の生と死・16

男性生殖器の発生 榎本 知郎
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 男性生殖器は,精子をつくり男性ホルモンを分泌して男らしい体にする精巣と,精子を送り出す導管系,これに開口して精液成分を分泌する腺,それに交接器としての陰茎からなる。精巣はおとなの内外生殖器の機能を調節するばかりでなく,その発生にも深く関わっている。

実験講座

マイクロCTの原理と応用 江尻 貞一
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 マイクロCT(microfocus X-ray computed tomography)は,マイクロフォーカスX線源と素子間配列ピッチの小さいメージセンサーを組み合わせ,微小構造物解析に適したソフトを搭載した高分解能X線CTスキャナーである(図1)。本装置は試料を破壊することなくその微細構造を高解像度で解析することが可能であり,電子機器や機械部品などの工業製品に含まれる微細な欠陥を検査する装置として開発されたが,近年,骨や歯などの硬組織研究分野において構造解析のための有用な手法として応用されている1-7)

 一般的にはマイクロCTで撮影した高分解能2次元CT画像を用いて,硬組織の微細構造解析や形態計測学的解析が行われているが,さらに2次元スライス像を一定の間隔で多数撮影し,それらの補間処理により得られた3次元再構築像を用いて,硬組織の立体的構造解析を行うとともに3次元的形態計測も行われている。またごく最近では,コーンビーム方式のマイクロCTが実用化され,2次元スライス像を何枚も撮影するのではなく,3次元CT像を直接撮影し短時間で3次元画像を再構築することが可能になった。

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 I.Ins(1,4,5)P3認識蛋白質 細胞内の複雑な情報交換の伝達役の一つに,イノシトール-1,4,5-三リン酸(Ins(1,4,5)P3)がある。この分子は細胞外からの刺激に応答して,細胞膜の構成成分であるホスファチジルイノシトール-4,5-二リン酸(PI(4,5)P2)が,ホスホリパーゼCにより加水分解され細胞質中に向けて遊離されたものである。そして小胞体膜上のIns(1,4,5)P3受容体に到達するとそのチャネルを開き,小胞体内に貯蔵されているCa2+を細胞質中に放出させ様々な細胞機能を発揮する(図1A)。このようなIns(1,4,5)P3の機能が初めて報告されたのは1983年1)であった。Ins(1,4,5)P3誘発性Ca2+放出の分子機構の解明には多くの研究者が参画し,今日目覚ましく進展した細胞内情報伝達研究の推進力の一部となった。

 Ins(1,4,5)P3を認識する蛋白質には,当初Ins(1,4,5)P3受容体と2種類のIns(1,4,5)P3代謝酵素(Ins(1,4,5)P33-キナーゼとIns(1,4,5)P35-ホスファターゼ)の合計3種類が知られていた2-4)

初耳事典

Dymactin/他5件 桑野 良三 , 阿部 貴子
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 Dynactin(ダイナクチン)は少なくとも9種類のサブユニットから成る蛋白複合体で,細胞質ダイニン(別名MAPIC)を活性化(アクチベート)することからこの名が付けられた。細胞質ダイニンは重鎖(~530kDa),中間鎖(~74kDa),中間軽鎖(50-60kDa),軽鎖(8-22kDa)から成る1.2mDaの蛋白複合体で,ATPase活性を有し,微小管上で負の方向へ移動するモーター分子である。

 ダイナクチンを構成する主要なサブユニットは,p150 Glued(130-150kDa),centractin/Arp 1(43kDa),dynamitin/p50の3種類で,その他にp62,capping protein α,β(37kDa,32kDa),p27,p24などがあり,アクチンも結合している。これらに加えて,p25,Arp11という二つの蛋白もダイナクチンに含まれるという報告がある。

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基本情報

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生体の科学
51巻6号 (2000年12月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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