生体の科学 16巻5号 (1965年10月)

巻頭言

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 物理学や化学にくらべると,生物科学の領域はいかにも広大である。医学,農学なども広い意味では生物科学であるから,まさに広大無辺であり,研究の対象も方法も随分かけはなれたものが共存している。いわば生物科学の研究者は,まことに大きな自由度を持つた世界に住んでいることになる。

 自由度が大きいことは,それだけ研究者に独創的な研究の可能性が約束されていることであるが,反面では,その自由度があまりに大きいために,生物科学はまだ一つの原則によつて統一された学問体系にはなつていないきらいがある。言うまでもなく,生物科学が本当にその名前にふさわしいものになるためには,各分野での研究ができるだけ早く共通の原則によつて綜合され,どの分野でも共通の評価の尺度が通用するようになることが望ましいのであるが,現在の段階では,実際に研究の現場に立つて,当面する研究を主体的に自己評価しながら進めて行く場合には,必ず,個別と一般,というむずかしい問題に突き当る。たとえば基礎医学と臨床医学にしても,それらが立つているイデオロギーは必ずしも質的に同じではないし,また生化学と生物学は最近接近したとは言つても,その間にはやはり相当の距離があるのが実情である。特に境界領域に属する仕事の評価ということになると,個人個人の生物学的あるいは生化学的関心の度合によつて,各人各様の物差しを勝手に振りまわしているようなところがある。

主題 免疫

免疫における諸問題について 山本 正
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 先般もある老大家に"君たちは今,何がしたいのか"と問われたときに,私は答えたものであつた。"少なくとも私個人にしてみれば,こんな会合なんかに引張り出されるより,屈託なく実験を続けてみたい"と。夏休みになつて色々なお役目から解放され,喜んで地下室の一角に閉じこもつていると,またまた原稿執筆の督促である。他でもない江橋教授のご依頼でもあり,引受けることになつてしまつたが,お断りしきつてしまえばよかつたと悔やまれる。どうしてこういうことになつてしまうのかと考えてみたが,おそらくある友人が私に告げた言葉が案外私を支配しているらしいことに気づく。"教授て奴はもつと他人のために働かねばならぬ。"書店の攻勢は用捨なくここをついてくる。岐阜の鵜飼よろしく安くはきださせることを目論む。東洋には面壁十年ようやく説法にたつ式の経済があつたはずだが,どれもこれもが企業規模を大きくし,同じような企画のもとに,いらずもがなの書籍を氾濫させているようだ。書く方も書かせる方も考えなおさなければならない時機ではあるまいか。

 今回の企画には次のような10項目の問題点を書きよこしている。

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 生体内に抗原として異種物質を注射するとその侵入を阻止しようとして生体内では抗体(抗血清)が生成されることはよく知られている。このような抗原と抗体を適当な条件で混合すると両者の間に特異的な結合反応が起こり,沈澱反応,凝集反応,溶血,溶菌・補体結合反応などがみられる。医学的にはこれらの結合反応に基づく毒素やビイルス活性の中和病原菌に対する感染予防,アナフィラシーなどとして利用や観察がなされているが,種々の生体因子で条件づけられたり,拡大されたりしているので決して単純な現象ではない2)

 抗原になるものを分類すると免疫原性と特異反応性の二つを備えている完全抗原(たとえば蛋白質)と単独では抗体生産ができないが,生じた抗体を反応原として結合する不完全抗体(ハプテンともいい,たとえばリピド多糖類)に分けられる2)

抗体の構造 橘 武彦
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 抗体はそれに対応する抗原と特異的に反応する特性をもつた蛋白質で,血清中の主としてγ2グロブリンにあることは,1937年Tiseliusによつて彼の電気泳動法ではじめて認められた。もつとも遅い易動度をもつた分子量15万の7Sグロブリンで総γグロブリン量の85〜90%を占める。また超遠心法が発達して7Sグロブリンより大きな分子量(90〜100万)をもつた,より早い易動度を示すγ1M,β2Mまたは19Sγグロブリンが第2の抗体分画として認められた。さらにGrabarとWilliams1)が免疫電気泳動法を創案し,これを用いてはじめてγ1Aまたはβ2Aグロブリンの存在を認め,のちに抗体活性が証明された2,3)。このグロブリン分画は7S-15Sと分子量の不均一なグロブリンである。これら3群の血清グロブリンは全て抗体蛋白とみなされる。たとえば無菌飼育動物では正常の10%にもみたないグロブリンが,普通の環境に動物がさらされると急激にγグロブリンの増加をきたすことから当然推定されよう4)。その意味でこれら蛋白を免疫グロブリン,(Immunoglobulin)と総称し5),最近WHOの提唱6)によつてIgと略記し,γ2,γ1A,γ1MグロブリンをそれぞれIgG IgA,IgMと呼ぶことになつた。

抗体産生反応の機構 村松 繁
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 Ⅰ.反応過程の概観

 動物体内に抗原が侵入してから,抗体が産生されるまでの過程を抗体産生反応(antibody response)とよぶ。

 抗体は,いわゆる血清抗体(circulating antibody)と細胞抗体(cell-bound antibody)とに大別され,前者は産生細胞から分泌されるが,後者は細胞内あるいは表面にとどまつている。両者の産生機構には本質的な差がないと考えられるが,後者については未解決な点も多く,詳しくは他の章に譲り,ここでは前者の産生機構について述べる。血清抗体は,免疫グロブリンと総称される蛋白質であり,主なものとして三種類のグロブリンが含まれるが,このうち,G免疫グロブリン(IgG)(γ2グロブリン,分子量約16万,沈降係数Sω20≒7)とM免疫グロブリン(IgM)(γ1Mあるいはβ2Mグロブリン,分子量約100万,Sω20≒19)が一般的なものである。

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 固定時間と温度

 1.OsO4を含む固定液の場合

 試料として肝,腎のような組織を例にとると,一辺1mmの立方体であれば4°ないし6℃で1時間半程度でよく,もしも3時間を越えると表層部は過固定の状態になる危険性が生ずる。浸透しにくい緻密な組織とか,脂質の多い試料のときには時間を延長させたり,小さなものなら短縮させたりすることは当然の処置である。また注意してゆるやかな振盪機を用いれば時間をいくらか短縮できるし,底部に試料が附着してその面からの浸透が妨げられるという心配もなくなるが,これを使わなくても時々固定瓶を氷室から出して手で振つてやるだけでかなりよい効果をもたらす。その際,試料が瓶の側壁に附着して液面より上に出てしまわないように注意する。

 遊離細胞の場合,固定瓶を振ると分散するようなものならば前と同じ温度で約10分から15分でよいが,ペレットになつて分散しにくいものはその大きさに対応した組織塊と同様にみなして時間をかけなければならない。細胞の外層に特殊な膜をもつある種の細菌とか酵母では,ときに24時間以上もの時間をかけないと中まで液が浸透しないものがあり,それらに対しては浸透性の良い,KMnO4が代りに用いられることがある。しかしその場合,膜構造以外のものの固定がよくないので,アルデヒド系の固定液で一次固定をしてから,温度のやや高い,OsO4あるいはKMnO4による二次固定を長くおこなえばある程度改善できる。

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 健康ならびに疾病の指標として,組織,体液あるいは排泄物中の特定の酵素の活性のレベルの変動が近年盛んに利用されるようになつてきた。ところがある酵素の活性の変動が認められた場合に,その原因をどこに求めるかという点になると,従来の酵素学ではとうてい解析しきれない現象が次々に見出されてきている。そのような場合,物質およびエネルギー代謝のバランスに狂いがないかどうか見きわめる事が,快復への緒となる場合も多々あり得ると考えられる。生体内で代謝調節の鍵を握る酵素活性の調節は〔Ⅰ〕酵素蛋白質の生合成,すなわち遺伝レベルの調節〔Ⅱ〕すでにでき上つた酵素の活性,すなわち蛋白レベルにおける調節の2つの機構に大別されるが〔Ⅰ〕については他書に譲り,ここでは〔Ⅱ〕について述べる。

 まず〔Ⅱ〕の活性調節の仕組みをさらに分類すると次のようになる。

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 ミトコンドリアの機能を生化学的レベルで追求することは古く,同時に新しくもある問題であると言えましよう。電子伝達におけるように,ミトコンドリアでの研究が主体となつている分野もあるし,最近の細胞内外の他の膜系の研究の進展につれて,ミトコンドリアを対象とする研究と,他の膜系を対象とする研究との関係が問題となる分野もあると考えます。

 そこで次の様な形で問題を整理してみました。それぞれについて,ご意見,今後の見通しなどを御放言下さい。

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 基礎医学の生化学という立場からこの問題に関する私見を少しく述べてみることにする。基礎医学にしろ臨床医学にしろ,また生化学の研究に限らず,研究の自由は尊ばれてよい。しかし自分は基礎医学者であるという自覚を持つことは常に必要であろう。それでないと,ますます基礎医学と臨床医学の間の溝が深くなる。生化学という学問はもともと我国では,医学を中心として誕生したことは事実である。しかし近時この方面の研究は理学部,農学部,薬学部,工学部と自然科学の各分野にひろがつてきた。ここに理学部などにおいてのいわゆる理論的な生化学の研究が盛んとなつてきた。医学部の基礎の生化学においても,その影響が及んできて,その結果,医学部の生化学の特色がうすれてきた感がないとは言えなくなつてきた。しかしBiochemistryのBio-にアクセントのある基礎医学生化学は,いつまでも尊いと考えている。

海外だより Indiana便り

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 近頃は海外留学の経験者も多く,米国の大学あるいは研究所の様子,また,留学生活の状況などもよく知られている。今年4月にAtlantic Cityで開催されたFederation of American Societies for ExperimentalBiologyに出席した時には,留学中の親しい友人数十名にも出会つた。それでも,場所によりあまり知られておらぬ所もあり,また,生活状況も州によりかなり異なるようである。

 当IndianaはMidwestと呼ばれる地区に属し,北は一部Michigan湖に面し,西はIllinois,東はOhio,南はKentuckyに接するほぼ長方形の州である。Nicknameは"Hoosier"で、開拓時代他所者がいくと,銃を向けられ,Who is there?と誰何されたので,この名が生まれたとのことである。Kentuckyとの境界はOhio riverにより構成され,これはかつての北と南との境界でもあつた。そのため,当地は比較的保守的ではあるが,人種差別などは表向きには殆んどなく,外国人にとつても,先ずは暮し良い所といえる。

基本情報

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生体の科学
16巻5号 (1965年10月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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