公衆衛生 40巻11号 (1976年11月)

特集 アメリカ公衆衛生200年

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 1976年7月4日,友邦アメリカ合衆国は建国200年の記念すべき日を迎えた.200年といえば,日本における近代医学の端緒とみられる『解体新書』が,杉田玄白らによって刊行されたのが1774年であるから,アメリカの独立宣言はおよそその頃のことである.当時イギリスは,アークライトの水力紡績機の発明(1769)を契機として,まさに産業革命の嵐と怒濤の時代に突入しようとする時期,フランスは大革命の前夜であった.

 近代公衆衛生活動は,産業革命を契機とし,"疾病と不潔と貧困の悪循環"に対する社会的規模の戦いとして勃興したものであり,当然ながら,先進国であるイギリス,ドイツにその先駆がみられる.しかし,これが今世紀に入って,特にアメリカ合衆国で輝かしい発展を遂げ,また第2次大戦後には,世界的にみてもアメリカの公衆衛生が大きく貢献していることは,よく知られている.

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Ⅰ.保健計画の背景

 アメリカが建国200年を迎えた.若々しく,キビキビした国である.そして,この国ほど医療問題がやかましく議論され,またいろいろと問題をかかえている国もないだろう.また,これほど目まぐるしく変化している国も類がないといえよう.アメリカの医療問題は,今や内政上の極めて重要なテーマとなっている.しかし,それは比較的新しい問題である.

 ヨーロッパでウィルヒョウやコッホが近代医学の花を咲かせていた19世紀は,アメリカの医学や医療にとってはまだ暗黒時代であった.アメリカ医学の黎明といわれるジョンス・ホプキンス医科大学の開設,アメリカの医師養成制度の大改革のきっかけとなったフレクスナー報告も,20世紀初頭のことであった.特に国民医療費とからんだ医療制度が大きな政治問題化してきたのは,ほんの10年そこそこ前のことである.

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はじめに

 近来,社会経済の急激な変化に伴って,公衆衛生分野において多くの難問が続出しており,これらの問題に対する適切な対策が国民から強く要請されている.このことは先進国,開発途上国とを問わず,問題の性質には若干の相違はあるとしても世界共通の現象である.特に先進国においては,人口の老齢化が進み,疾病構造が大きく変わり,保健サービスの需要がますます増大している.また,国民生活,衛生知識の向上は,より高度の保健サービスの要求へといっそうの拍車をかけている.さらに,最近の工業化・都市化の傾向は,従来見られなかった環境汚染などの新しい公衆衛生上の問題をひき起こしており,総合的な保健対策が必要となっている.

 このような傾向はアメリカ合衆国においても全く同様であって,非伝染性の慢性疾患,職業病などが注目されるようになり,また,環境衛生,産業衛生および精神衛生上の対策の必要性が叫ばれている.さらに乳幼児の疾病は著しく減少しているが,家族計画など人口問題が重視されている.このように,公衆衛生の問題が大きく変わったからといって,急性伝染病,食品衛生などの対策を軽視してよいというわけではない.最近,Floridaに腸チフス患者が発生したり,TexasやSeatleにジフテリアが流行したり,内陸の某都市にポリオの発生源が発見されたりしているという.また,若年齢層の性病の多発,食中毒の発生などが報告されている.

医学教育の改革 吉岡 昭正
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I.はじめに

 米国の医学教育を歴史的に眺めてみるといくつかの転換期が見出される.第1の転換期は,英国への留学から帰国した人たちによって,欧州型の初めての医科大学が創設された18世紀後半である.ペンシルバニア大学の前身であるフィラデルフィア大学医学部(1765年),コロンビア大学の前身であるKing's College(1767年),ハーバード大学医学部(1783年)等が,米国の草分けの医学校であることはよく知られていろ.これは医学教育の脱植民地化を意味していた.

 第2の転換期は,19世紀後半から20世紀初めにかけての,自然科学に立脚した木格的な医科大学への改革期である.19世紀に入って急速に発展する米国社会に応ずるには,あまりに医師が不足していたため,粗悪な医学校が乱設され,Daniel Drakeが「農民・工員より脆弱で,弁護士としては愚かで,説教をするには不品行な」と嘆いたような人たちが,きわめて短期間の不十分な教育を受けただけで,厳密な免許試験もなく医師になっていった.この間,合計457校の医学校が興亡したという1)2).これと並行して,医学教育を改革しようとする活動もいくつかあったが,大きなエポックを画したのは1876年のジョンス・ホプキンス大学の設立と,1910年のフレクスナー報告の2つである.

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I.はじめに―未成立の理由―

 1976年春,就任後間もないマシューズ保健教育福祉長官にたいするU. S. News & World Report記者の第1番目の質問は,はたせるかな,国民健康保険法案成立の見通しに関するものだった.時期や内容についての長官の答えは大変ボカしたものであった.「制定をあきらめたわけでなく,依然として成立を願っているが……」という言訳めいた話の後,政府としては,国民健康保険法の制定と保健ケアの改善とは別個の事柄だと,両者を区分して考える立場であるということをはっきり述べた.また,この法を十分検討のないまま施行すれば,現在の100億ドル台,日本円換算で約30兆円という年間保健費用が,大まかにいってさらに倍加しかねないという懸念が表明された*1

 同じような質問が,同じ雑誌の記者によって2年前の1974年の春,前保健教育福祉長官ワインバーガーにたいしてもなされた.このときの質問は,国民健康保険法案の内容について,具体的にこまかくふれたものであったし,答えの方も,当時のニクソン政権構想を宣伝する姿勢から出された.歯科や精神病,薬剤給付をも含んだ包括的な給付範囲となること.保険料は年間平均家族約600ドル(18万円).高額医療費公費負担も,低所得者にたいしては年に120ドル(日本円で3万6千円)以上とする.不必要入院を増しかねない老人医療にたいしては,制限給付か一部負担を残す.

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はじめに

 私は昨年8月末から約1年間,同僚の近藤健文氏(児童家庭局母子衛生課)とともにアメリカ東海岸のボルチモア市(メリーランド州)にあるジョンズホプキンス大学に学ぶ機会を与えられた.私が参加したのは,ジョンズホプキンスのSchool of Hygiene and Public Health(SHPH)におけるMPH(Master of Public Health)プログラムである.ジョンズホプキンスでのポストグラデュエイトの学生生活は,私が行く前に考えていたものより余程きびしく,学校のカリキュラムを消化するのに手一杯で,それ以外のことに手を出す余裕が時間的にも,また精神的にもあまりなかった.したがって私のアメリカにおける1年の経験は,主としてジョンズホプキンスのキャンパスの中に限定されているが,以下,ジョンズホプキンスにおける卒後教育を中心に,私の見聞きしたことを述べてみたい.

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Introduction

 The purposes of this paper are many-fold. First, it is an introduction to the National Center for Health Services Research, a unit within the United States Department of Health, Education, and Welfare. Secondly, the paper summarizes some of the key variables that have characterized medical care in Japan and the United States in recent years. The third purpose is to highlight potential areas for future collaborative health services research.

資料

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1975年度のアメリカの保健費1)は,1,185億ドルで,1人あたり547ドルと推計されている.国民総生産(GNP)に占める割合は,8.3%で,前年度の7.7%より急増して,アメリカ経済の中で,医療を含めた保健の費用のウェイトが一段と増している.(わが国では,アメリカより狭いカテゴリーで医療費が毎年推計されており,昭和49年度で,国民医療費2)は,53,786億,1人あたり48,875円で,GNPに占める割合は3.95%である.)

 アメリカにおいて医療費に関心が持たれたのは1920年代からである.当時,恐慌の中で,医療費の患者負担が深刻化し,医師・医療機関の側からも医療提供のあり方などについて問題が持ち上がった.この時期に「医療費調査委員会(CCMC)」の莫大な報告書が出され,以後,医療費・保健費に関する統計が整備されており,このような背景のなかで「医療経済学」がアメリカで最も発展するにいたった.

発言あり

生涯教育 , , , ,
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脚下照顧

 日進月歩と進む技術革新の中で医療技術もその例外でなく,これに伴って昨今,医療技術関係者に対する「生涯教育」の問題が大きく取り上げられてきている.なるほど,従来から医療従事者は生涯を通じて新しい知識や技術を吸収するために,各種の研究会や学会に出席して自主的な勉強を続けてきたし,また,医学雑誌の種類や刊行部数からも,先輩達が自律的な勉強を積極的に続けてきていた事実を覗い知ることができるのである.

 しからば何ゆえに,昨今「生涯教育」ということが大きく論ぜられるようになったのであろうか.昨今の医師は先達の医師に比して急に自分自身で勉強できなくなったのであろうか.今まで自律的に勉強してきたものが,なぜ他律的な「生涯教育」という名の枠にはめ込まれてまでして,教えられ,育まれなければならないのだろうか.まさに揺籃から墓場まで,手とり足とりの過剰保護的教育環境である.

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はじめに

 在宅老人に対する保健活動は,幅広いものでなければならない.したがって福祉との協調が極めて重要であることは,以前から私の主張しているところである.たまたま大学所在の東京都新宿区では,他にさきがけて昭和48年から老人福祉電話事業を実施しているので,この事業が老人保健に如何様に貢献しているか,問題点はないか,等について調査してみた.

 老人福祉電話事業というのは,昭和47年厚生省社会局長通知「在宅老人福祉対策事業の実施及び推進について」の中の1つ,「老人電話相談センター設置運営要綱」によって実施されているものである.

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 表記題名の小冊子が札幌医大公衆衛生学教授・三宅浩次氏と医進課程経済学教授・三木毅氏ら計量衛生学研究グループによって,発表された.

 この冊子のはじめには,「計量衛生学とは,健康に関する現象を計量化し,数学的,統計学的手法によって分析を行う科学的分野である.また社会医療工学とは,医療を社会的条件を含めたトータル・システムとして把握し,それに関連する諸課題を総合的,組織的に究明し,その対策案を組み立てる一科学分野である」と説明している.

産業医の実態—札幌 加須屋 実
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 昭和47年6月に,労働安全衛生法が制定され,常時50人以上の労働者を使用する事業場では産業医を選任しなければならないことになったが,実態はどうなっているのだろうか.

 このほど,第39回北方産業衛生学会(札幌)で,札幌労働基準監督署管内の実態のごく一部が明らかにされた(村松 宰,斉藤和雄,高桑栄松 北大・医・衛生).

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 60万都市仙台の北部に,昭和43年につくられた23,000名の市営鶴ケ谷団地があります.仙台市の要請により仙台市医師会は先進地の実地調査等のあと,同団地の医療配備案をつくり,それにより3つの住区の診療所圏に各科の医師の開業が実現しました.

 さらに関係者の熱意と努力が実って,昭和51年4月,全国でも初めての公設民営のオープン病院として「財団法人・仙台医療センター鶴ケ谷オープン病院」が開院しました.民営の実現のためには多くの困難がありました.同病院は3千坪の敷地に建築費9億2千万円で建てられた現ベット100床(将来300床)の総合的病院であります.病院長は金子仙台市医師会長が兼務しています.

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 し尿問題が岐阜県の衛生行政の重要課題であることは,前ページの本欄で紹介した.ここでは,岐阜県のし尿浄化槽問題の動向を紹介する(以下し尿浄化槽を浄化槽という).

 近年浄化槽が急増し,昭和50年度末現在の県下の設置数は35,986を数え,昭和48年度末の25,134より約1万以上の激増ぶりである.このため,浄化槽の放流水による河川汚濁等が社会問題・政治問題化し,県議会でも鋭く追及されている.必然的に,浄化槽関係業務が保健所活動に重大な影響をおよぼしてきている.

基本情報

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公衆衛生
40巻11号 (1976年11月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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